第58話 緊張と混乱

あらすじ 優しくするのは心を開かせるため。


 屋上から階段を使って地下へ。


 地下鉄と接続するビル。午後九時、人混みに紛れるには十分な条件だが、タカセは周囲への警戒を怠らない。よく使われているドローンならばまだしも、場合によってはクノ・イチが出てくる。警戒しすぎということはない。


 発信器は外した。


 身体的に特別な要素のない子供相手の監禁で逃亡を警戒して予備まで用意していたとは思わない。だが、距離はそこまで取れていないのも事実だった。ニコの重要度によってはもうすぐそこまで迫ってきていてもおかしくはない。


「お姉ちゃん」


「……」


「お姉ちゃんっ。足、はやいっ」


 手を繋いで引っ張ってきたニコが息を切らしている。貸した運動靴のサイズがあまり合っていないようでかかとがポコポコと浮いている。


「え? あ、あたしか」


 呼ばれ慣れていない。


 自分から提案した癖にすぐ忘れていた。焦っていたことに気付いてタカセはさらに心臓がドクドクと鳴るのを感じる。クノ・イチに怯えているのは目の前の少女と変わらない。


「ごめん……えーと、そうだ。靴と服を買おう。歩きにくかったよね。それから……」


 歩幅を合わせながら、スマホを手にする。


 仲間への状況報告。


 ニコをどうするのか。


 助けることに迷いはなかったが、これから対応しなければならないことは多い。甲賀衆も忍者である。仲間を信頼していない訳ではないが、やり方には違いがある。きちんと責任を持たなければ科学博物館地下と変わらないようなことにもならないとは言い切れなかった。


「安全な場所を」


 それはどこなのか。


 甲賀衆の詰め所のひとつが新宿にある。


 そこまで連れて行けばクノ・イチに見つからない限りは大丈夫だろう。ただ、見つかった場合は全滅も覚悟しなければならないという意味で、ニコの追っ手を把握してからでなければ仲間を危険に晒すも同然だった。


 軽々しくは頼れない。


 現実問題が次々に出てくる。


「あの、やっぱり迷惑なんじゃ」


「そうじゃなくて」


 不安を察した様子のニコにタカセは言う。


「クノ・イチが危険人物過ぎるだけ」


「……わかるけど」


 なぜか申し訳なさそうな顔をした。


「ニコのせいじゃないってこと。あたしは、わかってて、こうしてるから。迷惑とか、思わなくていいから……ドンキでいっか、服は」


 スマホの検索片手に、タカセは決める。


「え」


「行くよ。近くだから」


 手近な問題からひとつひとつ解決する。


「……え?」


「あの」


 試着室。


 そこでタカセは新たな問題の発生を見た。


「ごめんな、さい……」


「おちんちん」


 貸したパンツからはみ出す大人のそれ。


 緊張と混乱は加速する。


「そういう実験をされてたの……」


「……」


 ニコは俯いて肩を震わせている。

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