第57話 気にされないよ
あらすじ シンはあまり優しくされたことがない。
挙動不審ではある。
「ほら、とりあえず服着て」
タカセは少女の頭を撫でながら考える。
踏み込んだことを聞くのは躊躇われた。小柄ながら外見的には発育が良い一方、声には明らかに幼さが残っている。冷静に振る舞っている風で、背伸びしている感じだ。
「はい」
頷いてパンツを手にする。
「そんなに、見ないでください」
頬を赤らめ、恥ずかしがる。
「ごめんごめん」
タカセは背中を向ける。
表情も子供。単純に怯えているだけと思えば不審さも不自然とまでは言えない。下手に警戒されて心を閉ざされては、情報を引き出すため、仲間が強引な手を使いかねない。
それはタカセにとって好ましくない。
忍者だ。
情報を得るために手段を選べないこともある。わかっている。だが、そのやり口の究極がクノ・イチであることを思うともっとクリーンな方法がないか探りたくなる。
「そこのジャージ着てくれる? 洗ってなくてごめんだけど、あたしが今日の授業で一回着ただけだからそこまで汗は吸ってないと思う。どっかお風呂探すから」
信頼を勝ち取って知っていることを話させる。
「いいえ、そんな、ありがとうございます」
チャックをあげる音。
「忍者しながら、学校にも?」
当然の疑問だった。
「世を忍ぶ仮の姿は必要だし、学歴はともかく一般教養もなきゃなにもできないよ。あたしは、クノ・イチに顔も名前も割れてるから、忍者であるときよりこっちの方が変装だけどね」
甲賀衆の資金的バックアップは脆弱だ。
組織としての人員も百名に満たない。ただ、伝統的忍者であるが故に、それなりの伝手があり、国家の要人とも繋がりを持てている。一般人としての立場を確保し、個人個人で仕事を受け、その稼ぎで生活もできた。
「そっか、本名なんだ」
「……ニコ、もういい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「……むむ」
振り返ってみると、胸の辺りが窮屈そうな少女がジャージの裾を掴んで学校指定でやや短いハーフパンツを隠そうとしていた。服を着ると細身ながら丸みのある脚が妙に強調されていた。
「なんか、エッチね。ニコって」
思わず口走っていた。
「え!? あの、僕」
ボーイッシュなショートヘアとアンバランスなボディ。そしてキラキラした幼さ。悪い男が放っておかないのが間違いないという具合だった。天然だろうと思うが、もし同級生なら男子ウケを狙いすぎだと嫌いになっていたかもしれない。
「電車とか乗ったら痴漢されるでしょ?」
「田舎の学校だったので、電車で通学とかは」
「ああ……東京で捕まったんじゃなかったの」
カンダ・シンも田舎の子供だった。
タカセの脳裏に本来の目的が過ぎる。
状況的に同時期にクノ・イチに拐かされた子供かもしれない。男子の標的に気乗りがせず、適当な女子をつまみ食いした。そういうことをする女だ。ならば接点があるかもしれない。
「じゃ、行こっか」
しかしまずは心を開かせよう。
タカセは手を出す。
「え」
「手、繋いで? 発信器は壊したけど、ここからは街に紛れて逃げる。仮に残ってても、人混みに紛れたら個人を特定するのは難しいからね? ここからはえーと、あたしのことはお姉ちゃんって呼んで? ロッカク・ニコってこと。学校帰りの姉妹、みたいな感じで」
「でも、夜ですけど」
おずおずと手を出す。
「都会じゃそんなに気にされないよ」
笑って、柔らかな手を握って歩き出した。
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