第13話 国立研究開発法人・文化技術研究機構
あらすじ くのいちは公務員で厄介者。
「国立研究開発法人・文化技術研究機構」
ドローンは言った。
「表向きは伝統的な文化によって継承されている技術をより広く扱いやすくすることを目的としていますが、実質的にはクノさんに予算をつけるための組織です」
「……あの、歩けるんだけど」
僕はくのいちに抱えられて移動していた。
「わたしが抱きたいだけだ」
「いや、抱っこされたくないって」
「話を聞いてくださいよ?」
「よくわかんないし」
そもそも興味がない。僕は首を振った。
「よくわからないではなく……」
ドローンはふわーっと離れていく。
魔法によって積もった雪を抜け、林を出ると道路に黒いライトバンが音もなく現れる。スライドドアが開いて、中から別のドローンを持ったスーツ姿の女性が出てきた。
「……わかってもらわないと困ります」
「シズク、自ら出てきたのか」
「緊急事態なので」
黒縁の眼鏡をかけたボブカットの女性。
くのいちと比べるとかなり小柄に見えるけど、そもそもくのいちが大きすぎる気がするのでなんとも言えない。スミレよりも小さいのは間違いないが、なんとなくおばさんだ。声の感じより歳がいってる気がする。
「ああ。二機目だからすぐ戻ってきたのか」
充電三時間って言ってたんだった。
「乗ってください」
「いや、折角のハネムーンに邪魔を」
「ハネムーンじゃないんです!」
「わたしの要望としては」
「大臣を待たせてますが!」
「……承知した。それならば乗ろう」
僕の意向は特に関係ないらしい。
くのいちが車に乗ったので、抱きかかえられたまま僕もその膝の上に座らされることになる。車という現実的な空間には圧迫感のある白いドレスの上にいるといよいよ訳がわからない。
「……」
ちらりとこちらを見たドライバーも女性。
褐色の肌の外国人だ。
「シンくん」
その助手席に移動したドローンの人、シズクさんはスマホの画面を見せてくる。それは上空からの映像で、どうやらこの車をドローンで追っているらしい。
「よく見てください」
「?」
「今も追われています」
「あ」
夜の闇でよく見えなかったが、確かに車の脇を走っている人影がある。人間離れしているが、もうあまり驚く気にはなれない。僕でさえ道具一つで壁を走ったり木々を飛び移ったりしたのだ。訓練されればそれくらいできる気がする。
「この人たちがすぐに手を出せない理由が、クノさんです。わかりますね? 私たちはクノさんがいるからこうして無事でいられます」
「……恐れられてる?」
「むろん、そうだ」
くのいちはどこか自慢げに胸を張った。
「私たちも恐れています」
シズクさんはストレートに言った。
「……」
くのいちはその言葉を特に気にする様子もなく、顔色を窺うこちらをじっと見つめている。僕を抱えている腕が熱い感じがするのはたぶん気のせいじゃない。いや、覚えている。裸にされて抱きしめられた熱はしっかりと。
「当初の予定では、シンくんの死体が届けられるはずでした。隠されたなにかも死体を探ればわかるはず、という寸法で準備を進めていましたが、急に、ほれたはれたの話になって、私たちとしても困っています」
「死体なら困らなかった?」
それもずいぶんな言葉だと思う。
「はい」
けれど、シズクさんは真顔だった。
「私たちは、元々……表には出ない存在なのです。実行部隊はクノさんひとり、狙われるのも恨みを買うのもひとり、そういう組織です。ですから、こうしてシンくんを抱えることで組織全体がこれから標的になることについて理解してもらいたい。その上で、協力して欲しいのです」
「僕に出来ることなんて」
「あります」
シズクさんは僕の言葉を遮った。
「クノさんと、きちんと恋人になることです。その上で、シンくんにコントロールして頂きたい。そういうことです」
「それは……本人がいる前で言うことなの?」
僕はビックリした。
なんとなく意図はわかるのだが、計画として表立って口にしたら、いくらなんでもくのいちだってこっちの言動を警戒するだろう。そんな打算的に恋人になるとかならないとか。
「わたしがシンを飼い慣らすのが先か、シンがわたしを飼い慣らすのが先か、ということだな。勝負だ。むろん、負けないぞ?」
ダメだった。
この人は本当に頭がおかしい。
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