第11話 見てられない

あらすじ 大人をおちょくるのはよくない。


 捕まった。


「覚悟はできてんだろぉなぁ?」


 スミレはベロリと長く太い舌を伸ばした。


「ご、ごめ、ごめんなさい」


 ダメだった。


 七つ道具の『(略)手裏剣ガン』や『(略)巻物(略)』とかは使う前に雪で固められてしまった。雪かきをひとふりするだけで周囲に雪が積もり、その雪に足を踏み入れただけでどんどん動きが鈍くなるとか便利すぎて卑怯すぎる。


「さ、さぶっ……くそ、魔法はだから嫌いだ」


 本人が凍えてるのが意味不明だが。


「こう、なっちまったらおまえ……肌を重ねて温め合うしかねぇよな? 悪ぃとは思うけどよ。一回も二回も、男なら変わらねぇだろ?」


 白い息を吐きながら、長袖のローブの腕を組んで擦り合わせながら迫ってくる。太ももまで埋もれた僕の正面に目線を合わせるように。


「……」


 うわー。


「や、やめろ。冷たい目で見るのはやめろ」


「くのいちさんと同レベルに落ちる気ですか?」


 僕は言う。


「軽蔑します。なんて言うか、魔女として必要なこととかじゃないですよね。欲望に身を任せてるだけですよね」


「う、うるさい! キスさせろ!」


 太い舌は、人間のそれじゃない。


 魔物のそれだ。


 言葉は通じてるけれど、どうしようもない。僕は雪に埋もれた手が動かないことを確かめる。どうしようもない。魔法の雪は僕の両手両脚を積もった地面と繋いで固定していた。


「ふへ、へ。いい、顔すんじゃねぇか」


 スミレは鋭い歯の隙間から涎を垂らしていた。


 食べられる。


「そこから先へ進んだら、どうなると思う?」


「!?」


 ざく。


 雪を踏みしめる足音だった。


「スミレ、死ぬより辛いことはあるぞ?」


「くのいちさ……」


 ん?


「シン、待たせたな」


「え? あの、その、格好は」


 雪の積もった林の中に、その長身の女の姿がより白く浮かび上がっていた。白い肌と白いドレス。ぴっちりとしたスーツはなくなり、ティアラで飾り付けたポニーテールと、しっかりと化粧で整えられた、その姿は場違いとしか言い様がない。


 遅れてきたのはその準備かよ。


「忍法ウェディングドレス」


 くのいちは手にしていたブーケを高く投げた。


「あの、ずっと思ってましたけど、忍法?」


「さあ拾え! 拾うがいい! スミレ! 欲するならば! それがわたしたちのヴァージンロード! ダーリンを賭けた決闘の合図だ!」


 僕を無視してなんか言ってる。


「クノ・イチぃいい!」


 そして女たちの決闘がはじまった。


「がふっ」


「らっ」


「ぐがっ」


 くのいちのドレスに鮮血が飛ぶ。


 一方的だった。


 体格差がある。忍法も魔法も飛び交わない純粋な殴り合いでは結果は見えていた。パンチとキック、ドレスとローブ。白が黒に対して圧倒的に責め立てた結果、積もった雪にスミレが崩れ落ち、その腹を蹴り上げようとする段階では流石に割って入るしかなかった。


「もう、いいでしょう?」


 そんな殴り合い見てられない。


「……犯されかけたんだぞ! シン!」


 くのいちは首を振った。


「犯したくのいちさんが言いますか!?」


 僕の言い分の方が正しいはずだ。

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