第10話 わずかなチャンス

あらすじ シンはくのいちを選んだ。


「け! どいつもこいつも、クノ・イチのデカチチに惑わされやがって! ガキとは言え、男は男、シモのシツケがなってねぇ……」


 スミレは悪態を吐いた。


「言ってないだろ! そんなこと!」


 心外にもほどがある。


「ケツか!? あのデカケツがいいのか!」


「だから! 言ってない!」


「言わなくてもわかるってんだよ! そうやって魔女が捕まえた男を次々と逃がしやがったからな! どうして男ってのはあんな下品の塊みたいなもんに引っかかるんだ!?」


「僕が知るか!」


 どうでもいい問答をしながら緊張する。


「セックスはしたんだろ?」


「……その話が本当なら、捕まえた男を逃がしてるくのいちさんが正しいだろ。魔女の子作りの道具にされるよりは……たぶんマシなはず」


「したんだな?」


「……」


「それでもう虜か、クソエロガキが」


 スミレはじわりと近寄ってきていた。捕まえる気なのだ。さっきの動きを見て、忍者の道具を与えられたことは察しているだろう。そして姿が見えないドローンがどこから邪魔をしてくるか警戒もしているはずだ。


 そこが僕に残されたわずかなチャンス。


「いや、おまえは悪くねぇ」


 スミレは構えようとした雪かきを投げる。


「……え?」


 なんだ?


「ガキなんだから、乱暴にされて訳がわからなくなっても仕方ねぇ。キスも……可哀相になぁ。優しくされたことがねぇんだろ?」


「うん」


 まぁ、ない。


「怒鳴ったりして悪かったよ。クノ・イチのことになると気が立って、姉妹みたいに育てられたんだ。それが裏切りやがって……」


「!」


 僕は七つ道具のひとつ『混入した薬剤を吸ったら幻覚を見てしまって相手の逃げ先を思ったより見失う煙幕』を投げた。


「おい! 今ちょっといい話を……!」


 地面に叩きつけた包みから広がった白煙に飲まれながらスミレが叫ぶが、僕は『温度に音に光に臭いを可視化する多機能オールラウンドゴーグル』と『花粉症から毒ガスまで安心安全信頼の忍者マスク(花柄)』を着けて走り出していた。出来るだけ近くで煙幕の煙を吸ってもらいたかったのだ。


 それがわずかなチャンス。


 うん、そんなことどうでもいいな。


 七つ道具の名前が長い!


「……」


 たぶんスミレは魔女としては悪い方の人間ではないのだろう。それはわかる。魔女なんて世界で育って常識がないのもわかる。悪意があって連れ出そうとしてる訳でもないのだろう。


 でも、だから僕の罪悪感は重くなるのだ。


 隠されたなにかに巻き込むから。


「いや、やっぱ、くのいちさんも嫌かな……?」


 ゴーグルに映し出された世界。温度と音と光と臭いと言われてもイメージできなかったが、走った草むらから広がった臭い、走った足音が広がる範囲、そして林に注ぐ僅かな月明かり、それらが綺麗にレイヤーを組むように景色を描いていた。


 暗闇とは思えないほどに鮮明に。


「ごらあああ! もう許さん! 大人をおちょくったクソガキ! わからせてやる!」


 そして怒り狂う魔女の姿も。


 逆効果?

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