第8話 重力制御バンド
あらすじ 少年には忍者への憧れがあった。
「逃がすかぁ!」
スミレが雪かきに乗って空中に飛び出した。
「……ど、うすれば」
背後を振り返って、僕は上半身がぐらりとバランスを崩すのを感じる。足は壁にくっついているので転ぶまでは行かないが、このまま地面に向かったら頭から突っ込む形だ。
「バランスの取り方を教えます」
ドローンは言った。
「いや、逃げ先を……」
「バンドを着けた手を地面に向かって伸ばして、てのひらを向けてください。掌底の要領です」
「しょうてい……?」
よくわからないが説明通りに手を出す。
「お」
突き出した手に支えられるように上半身が壁に対して垂直になる。押した感覚はないが、拡げたてのひらが浮く感じだ。
「オッケーです」
ドローンは早口になり、僕の横を飛ぶ。
「バンドさえ外れなければどちらの手でも、片手でも両手でも、自動制御でバランスを取ります。では、左折です。壁に沿って建物をぐるっと回る形で、こちらの方が小回りで優位に立てます」
「わかった」
頷いて、地面すれすれまで壁を駆け下りたところで左折、壁を横に突っ走る。ちらりと見ると確かに雪かき魔女はターンのために少し膨らんだ。林が建物のすぐ側まで広がっているので、空間的にそこまでスピードも上げられさそうだ。
「いい走りです! 流石は陸上部!」
「足はそこまで速くないけど……」
身長も低いのであまり適正のある種目もない。
「あの塔の周りをぐるっと回ってください、角度のある壁に上るときは、一歩めはキックするように、そこに二歩目できちんと踏みしめる感覚でお願いします」
「塔……」
城を模した建物の角に当たる部分が、言われてみれば小さい屋根のついた見張り台のようになっている。僕は壁を蹴るように足を上げ、そこに飛びつくように二歩目を出す。ぐるりと壁の角を曲がるときにジャイアントスイングされるみたいに景色が動くのは奇妙な感覚だった。
「今です! 木に飛び移って!」
「今!?」
「相手の死角に入りました!」
「とべ……」
言われたままに反射的にジャンプはしたが、両脚が壁から離れた瞬間に全身が本来の地面に引っ張られる感覚が襲ってくる。
「頭の上の木を蹴って!」
「は?」
言われて足を伸ばそうとした結果、前向きにジャンプしながらバク宙するみたいな未知の動きになる。そんなアクロバティックなことはしたことがなかったが、身体が軽いのが幸いしたのかなんとか足先が届く。
「っと」
そして木に立つ。
立ってぐるりと木の周りを歩く。
落ちそうなものだが、足はしっかりと木の幹に引っ張られ、伸ばした手が僕の身体を地面と平行に保っていた。変な感覚だ。
「オッケーです! 上手い!」
「いや、ちょ」
「次の木に飛びますよ! 足を止めないで!」
「落ち」
「落ちても大丈夫です! 両手をさっきみたいに突き出せば地上十階ぐらいからの落下の勢いでも止められます。こちらの声の方へ!」
「うえ!?」
間伐の行き届いていない木々の隙間を、ピンボールのボールみたいに跳ね回りながら、僕はドローンの声を追いかける。景色はグルグルで暗く、どこに向かって進んでいるのかわからない。
「待ちやがれ!」
ただ、魔女の声は遠ざかっていく。
曲がりくねって飛び回る僕を追いかけた結果、雪かきでの飛行は林に引っかかってどんどん遅れているのはわかる。なるほどだ。
でもキッツい。
「……よし、地面に下ります」
「うっぶ」
気分が悪くなりながら、僕は両手を前に出してしゃがみ込むように地面に向かって足を出す。数メートルの高さからの着地だったが、言っていた通り衝撃はほとんどなかった。
「さ、まだ走りますよ」
「……」
頷くことしか出来ない。
「上手いです、シンくん。もう身体で重力制御バンドを覚えて使いこなしました。ちなみにこちらは連続での使用は十分程度。装着したまま動いていれば一時間程度で充電できます」
「……じゅっぷん」
ここまでで何分走ったのかわからないが、全力疾走と思えばそこまで行かずに限界だろう。そして空中で切れたら死ぬってことだ。
「こう説明すればわかると思いますが、まだ逃げ切れてはいません。今みたいなトリッキーな動きで攪乱する手は充電完了まで使えません。なので、次はこれで凌ぎます」
ドローンが再び底を開けて落としたのは沢山のポケットがついたベルトだった。慌てて拾って眺めるがよくわからない。
「?」
「忍者七つ道具です」
「そう言うの本当にあるんだ……」
僕は感心する。
「……七種類にしてます。様式美として」
「え?」
なにその不安な言い回し。
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