数日前、居酒屋<大魁北海道>。
「とりあえず、卒業制作完成を祝して乾杯ぁーい」
酒の入った
「乾杯」
塩田も一応付き合う。塩田は卒業制作でなく卒論の方を選んだ。n次行列の過剰演算におけるメモリー消費の効率性について。今日の浦瀬のアルコールのピッチは早い。細身ながらビール、酎ハイ、焼酎、ハイボールへとどんどん進む。
酔いも早い様子だ。
「<オート・マタ>、大貫先生もすごいって言ってたぞ」
浦瀬の返事がなかった。そして中空を長い間見ていたと思ったら、残りのハイボールをぐいっと飲み干した。
「大貫先生なんかちょろい。ちょろい」
浦瀬が小さい声で言った。
「だから、おまえも大貫ゼミに入ったんだろ」
その事実は塩田も否めない。大貫准教授は自分の研究に熱心すぎるあまり学生の指導はいい加減という先輩たちの評判は100パーあたっていた。
「ある程度の初期条件は人が入力するとして、本当にAIが書いてるのか」
塩田もビールをぐいっと一飲みしてから尋ねた。
少し沈黙があった。そして浦瀬はもう一杯煽った。
更に沈黙があった。
浦瀬の赤い顔と赤い目がじろっとカウンター席の横に座る塩田を座った目で睨みつけた。
「もう無事卒業も出来そうだから、終わっちゃったこととして、同級そして同じゼミのよしみで塩ちゃんにだけ教えてあげよう、真冬に落とした定期も一小雪がちらつく中一緒に探してくれたことだしさ」
浦瀬は更に酒を煽る。アルコールの助けがないと切り出せない様子だ。
「ネットで小説書いてるやつらがどれくらい居るか知ってるか?そして何作ぐらい小説があるか?」
「知らない」
塩田の声も小さくなった。
「複数の小説投稿サイトがあるし重複して投稿してるやつもいるけど一千万ぐらいかな。日本人10人に一人は書いてる計算だよね。すげぇーよな。小説の数はそーだな、、、その5倍か10倍。<オート・マタ>の開発の参考にななめ読みしたりしてたんだけど、、。逆に見てたら可愛そうになるぞ。閲覧されたり評価される数なんて一桁かせいぜい二桁の作品と作家がゴロゴロ居てそれが普通。なんでそんなに読まれもしない小説を書いているのかこっちが訊きたいぐらいだね」
浦瀬が急に饒舌になった。
が、止まった。
うつむくと暫く考えた末に喋りだした。
「有り体に言うと、そこから丸々パクってる」
塩田は浦瀬を見つめ直した。驚きを隠せなかった。
「だから<オート・マタ>はネットに繋がっていないと動かない。常時ここの大学のスパコンの大きい計算機とつながっていてというのは嘘。スマホ版もあるけどWifiの環境がないと動かない」
「パクるって」
「パクるって言っても、そっくりそのままコピペでパクっているわけではないよ、自称作家さんたちもどっかで読んだ小説をもしくは好きな小説からインスパイアされて書いているわけじゃない。それに近いとも言えるのかな。だけど、ほぼSEOのシステム借りて近い語句の小説を集めて切ったり貼ったりして<オート・マタ>に書かせてるわけ。書かせてるじゃないね。切ったり貼ったりしてる」
浦瀬は切ったり貼ったりを二回言った。本当にそうやっているのだろう。
短い沈黙の後、続けた。
「だけど、どこの投稿サイトでも数作はプロの作品が入ってる。というかプロに成り立てかな。それはこれまたSEOの技術で省いてる。権利関係とか訴えられたら著作権とか版権とかやばいじゃん」
その程度の倫理観はあるのか、と塩田は逆に思った。
「別にこっちもそれで金儲けするわけではないし、卒業できたら良いわけであって、だって今どき、卒論も検索してコピペなんだろう、、、」
そこまで言うと、浦瀬は電池でも来れたように居酒屋のカウンターにつっぷした。
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