<オート・マタVer0.98>

美作為朝

第204号室。

 塩田怜央しおたれおがノートPCの画面に向かい必死にキーボードを打っている。

 理工学部電算学科の204号室。

 夕日は稜線と一体になろうとしていて窓の外は夕闇が迫っている。

 外はかなり寒そうだ。

 部屋には他に誰も居ない。

 LEDの蛍光灯だけが鈍く塩田を照らす。

 塩田の後ろからそっと塩田の一学年下の女子大生、宮脇白嶺みやわきしらねが忍び寄る。

 


「先輩なにやっているんですか?」

「うわ、」


 塩田は声を出し、ノートPCの画面だけパタンと倒した。全然気がつかなかった。それくらい没頭していたのだ。

 塩田は誤魔化して答える。


「卒論の草稿ドラフトを、、、」

「へー、卒論にしては、鉤括弧がたくさん見えましたけど」


 宮脇白嶺は細い一重のわりに目敏めざとい。


「指導教官の大貫おおぬき先生が色々と注釈を入れてくれたのをそのまま残してるんで、、」


 塩田は白嶺のドッキリからなかなか立ち直れない。


「へー、まぁ良いですけど、隠さなくても良いじゃないですか、、。私も来年は卒論だし」

浦瀬うらせ知らない?」


 塩田が尋ねた。


「浦瀬先輩なら、グライダー部のボックスに向かってましたよ。頼まれてた新しいソフト出来たって言って」

「あいつ、最近萌えてるね、、。卒業制作のソフトも、もう出来たって言ってたし」

「<オート・マタ>でしたっけ」 

「そう<オート・マタVer0.98>」

「小説を書くAIなんでしょ。AIが小説を書くって博士課程なみの研究だって修士課程の外薗ほかぞのさんが言ってました」

「らしいね」

「じゃあ、バイトに遅れるんで」


 白嶺がデイパックを背負いなおしジャンパーのチャックを上げるとと204号室を出ていった。

 塩田は白嶺が出ていくのを確認してから、ノートPCの画面を戻すと書いていたものをサイト内できっちり保存し、ゆっくりとサイトからログアウトした。

 塩田はネットで小説を書いていたのだ。待つのも暇なので書き出したら止まらなくなった。

 小説の神様はいつ降りてくるかわからない。


 浦瀬は居ない。

 塩田はこの時を待っていた。

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