みっつめ
「君は、きっと知らないだろうね」
ふと隣から呟かれた言葉に驚き見れば、彼女は悲しそうに俯いていた。
「何かあったの?」
「ううん、なんでもないよ」
先ほどの様子から一転、明るく振舞う彼女に心の中で疑問符が飛びながらも「そっか」と返す。少しだけ聞こえた言葉の意味を考え首を傾げながら。力になれたらなぁと思うけれど、でも私にそんな器量はないから。知らぬわからぬ振りをして、そっと話を逸らした。そんなことやらないほうがいいこともわかってはいるのだけど。やはり自分に自信がなさすぎると、他人を助けることもできないと思い込むのだ。その内容が自分に関することならなおのこと。自分に解決できるとは思えないし。なんて色々考えながら。その日は彼女と別れて家に帰り眠りについた。結局は思考放棄をしていたのだと思う。次の日、彼女の様子がおかしくなっていることに気づいて、また思考を再開したけれど。
その日、彼女は私を徹底的に避け続けた。普段一緒にご飯を食べるのに何も私に言わずにどこかに行ったりだとか。というより一日中話さなかった気がする。私が話しかけようとするとあからさまに避けるのだ。どうしたのだろうと思って彼女に話しかけようとしても逃げられる。それの繰り返しが一週間も続くから、嫌われているのは覚悟で彼女の家に突撃した。もちろん彼女の連絡先に一言断りを入れて。
「ねえ、どうしたの?」
今は彼女のお母さんに家に入れてもらって、部屋の前で聞いている。中に人がいる気配はするのに、何度呼びかけても声は返ってこない。何度か問いかけ続けて1時間がたっているから流石に帰ろうかと踵を返したとき。
「ねえ、」
蚊の鳴くように小さな声だったけれど、確かに聞こえた。扉に背を向けた状態で「なあに?」問えば、彼女は小さくこう言った。
「私がこれから言うこと、聞いてくれる?」
「うん、君がいいのなら」
扉に背を預け座り込む。そうすれば彼女はこう話し始めた。
「わたしね、君のことが、恋愛的な意味で好きなの」
「うん」
「でも、君にそう言うのは怖くて、」
「うん」
「でもあの時、思わず漏れ出ちゃった。だからダメだって、思って。きみを、避け始めたの」
「うん」
「でも、でもね、このまま離れるのは怖くて、だから、今、話した」
けど、やっぱりこわいなぁ……
呟くような声だったけれど、周りの音が静かだったから私の耳に届いた。だけど、その言葉に返すわけではなく。穏やかな声で「私はね、」話し始めた。
「私はね、本心から君のことが好きなんだ」
「……うん」
「でもね、それは恋愛的な意味じゃなくて、友情的な意味で」
「……」
「私さ、恋愛とかよくわからないから。今まで恋をしてきたことがないからそこら辺がよくわからないんだ」
「……」
「だからさ、もしよければ、私にその気持ち、教えてくれない?」
「……え?」
ニッコリと笑って、でも彼女には聞こえてないだろうから声も弾ませて。
「もしよければ、これから私に、その気持ちを教えてください」
そう言えば彼女はしばらく沈黙した後に、「開けるね」声をあげる。
その言葉に扉に背を預けるのをやめて扉の方に体を向ければ、扉が開く。そこには泣き腫らしたかのように目のあたりが真っ赤に染まった、学校で見たのと変わらない姿があった。
「きみが、……あなたが、よければ。私に、教えさせてください」
濡れた睫毛がゆっくりと下を向いた。
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