#61 妹は知っている



 ※妹視点






 先ほどまで尋常じゃない様子だった兄は、今わたしに抱き着いたまま静かに寝息を立てている。


 落ち着くまで背中を静かにポンポンと叩いて、ようやく眠ってくれた。







 情けないことに、ウチの兄コータは、昔から大人しくて気が弱くて泣き虫で臆病だった。

 真面目だけが取り柄の様なホント地味で、妹としては情けないやら呆れるやらで。


 それが、中学生になった頃からだろうか、急に明るくなって、私や周りの友達とかのことばかり気遣うような、一言で言うと”お人好し”なキャラになっていた。


 友達も沢山増えた様で、しょっちゅう誰かが遊びに来るようになり、コータの周りはいつも賑やかになっていた。


 私はそんなコータに、何か違和感を感じつつも、それでも頼りなかったあの兄が社交的で友達も増え、これは良いことなんだと思い、特に気にはしなかった。





 ところが、コータが中2のある日、勉強で解らないところを聞こうとコータの部屋へ行くと、部屋の中からコータが何か独り言を呟いているのが聞こえた。


 私は扉を開けずに聞き耳を立てた。



『僕は強い! 僕は優しい! 僕は強くて優しい! 誰にでも優しく出来る! よし!もう大丈夫! 僕は強くて優しい!』



 コータは必至に自分に言い聞かせるように独り言を喋っていた。


 それを聞いて、私の中で点と点が繋がるように、コータが変わった理由が解ってしまった。


 コータは自分でを掛けていたんだ。

 弱い自分を自覚して、でも変わろうとして、必死に自己暗示を掛けて、今のような振る舞いが出来る様になったんだ。



 それからは度々コータの自己暗示の声がコータの部屋から聞こえていた。


 私は知らないフリをして、いつも通りにコータと接していた。




 そんな日々を過ごしていたが、今から半年ほど前だったか、いつもと様子が違う自己暗示の声が聞こえてきた。


『僕は泣かない!泣いたら負けだ!』




 負け・・・?

 コータは今なにかと戦ってるの?

 泣きたいくらい辛いの?


 その日を境に、再びコータの様子が激変した。


 ひたすら机に向かって勉強をし始めたのだ。

 部屋に行って話しかけても『悪い、今余裕ない。ごめん』と相手にして貰えず、休みの日でも一日中ひたすら机に向かって勉強しつづけていた。



 そんな日々がひと月ほど続くと、ようやく落ち着いたのか、勉強以外のこともし始めた。

 そして、更に今までに無いくらい明るくなり、度々女友達も遊びに来るようになった。 しかもその女友達は二人居て、二人ともコータに抱き着いたり甘えたりと、まるで恋人の様だった。


 兄の急激な変化に着いていけないながらも、コータもその恋人もどきの二人も、妹の私に優しくて色々構ってくれるもんだから、自然と私もそのコータと恋人もどき二人のことを受け入れられるようになっていった。





 そして、今日の深夜、コータの部屋から突然叫び声が聞こえてきた。


 その叫び声で目が覚めた私は、急いでコータの部屋へ行くと

『死にたい』とコータの声が聞こえた。


 ベッドで横になっているコータに駆け寄ると、どうやら寝言の様で、でも尋常じゃないくらい涙と汗を流していて、寝ているはずなのにガタガタと体を震わせていて、私は必死に呼びかけながらコータの顔を何度もビンタして起こした。











 私の胸に顔を埋めて寝息を立てている兄の頭に鼻を当てると、懐かしい匂いがした。 小学生の頃だっただろうか、よく二人で抱き合って寝た時に嗅いだ記憶のある匂いだ。




 私は知っている。

 ウチの兄は、ほんとはとても大人しくて、気が弱くて、泣き虫で、臆病で。

 でもそんな自分の弱さに必死に抗って、一生懸命強がって、そして周りの人を救えることが出来る人だと。









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