#58 臆病者の地獄





 僕は、一人で学校の廊下を歩いていた。

 放課後、空き教室にでも向かっているのだろうか。

 自分でも目的がよく分からないけど、真っ直ぐ伸びる長い廊下をテクテク歩いていた。





 すると、向こうから一組の男女がコチラに向かって歩いてくるのが見えた。


 女性の方はチョコちゃんだった。男の方は知らない人。


 二人との距離が近づくにつれ、二人の会話が聞こえるようになった。


「お兄ちゃん、今日はお家に帰ったらいっぱい甘えちゃうね♪」


「ああ、トロトロにトロけるまで甘えさせてやるぞ」


「いやぁん♪ お兄ちゃんのエッチ♡」

 チョコちゃんはそう言って、隣の男に抱き着いた。


 なんだなんだ!?

 いったいどういうことだ!

 チョコちゃんは、僕のことを好きだったんだじゃないのか?


『ちょ、チョコちゃん! どういうこと!?』

 僕は必死にチョコちゃんに問い正した。


 でもチョコちゃんは、まるで僕の声が聞こえないかの様に僕を無視したまま、隣の男の腕に絡みついて、いっそうベタベタと甘えたまま二人で歩いていってしまった。



 僕はその場で立ち尽くしたまま、二人の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。






 しばらくその場で茫然ぼうぜんとしていると、背後から男女の会話する声が聞こえた。


 よく知っているその声の方を振り向くと、今度はクミちゃんが知らない別の男と正面から抱き合っていた。


「こんな所で恥ずかしいよぉ♡」


「しょうーがねーだろ?クミが可愛くてガマンできねーんだから」

 そう言って男はクミちゃんの唇にキスして、右手でクミちゃんのおっぱいを揉みしだいていた。


「もう!人が見てるでしょ! お家に帰ってからね?いっぱいサービスしちゃうから♡」


 すると、その知らない男は僕の方を睨みつけて

「おい!お前ナニ見てんだよ! どっか行け!」


 僕が唖然あぜんとして固まっていると、クミちゃんはその男の後ろで僕のことなんて全く興味無さそうに自分の髪をいじっていた。


 ハ、ハハハハハ・・・・

 僕は引きつった愛想笑いを浮かべながら、これ以上クミちゃんの顔を見ることが出来なくて、トボトボと歩き出した。





 何が起きているんだろうか

 これは現実なのか?


 先ほどのクミちゃんのキスシーンを思い出した途端、吐き気をもよおして嘔吐おうとした。

 うずくって更に吐いて、涙が止まらなくなって、失禁した。



 すると頭上から女性の声がした。


「だ、大丈夫ですか!? 体調でも悪いんですか!?」


 返事が出来ずに蹲って下を向いたままボロボロ泣いていると、その女性が僕の背中をさすってくれた。

 僕はこの声の女性を知っている。


 僕はこの人に泣き顔を見られてはいけない、という気持ちが沸き起こり、上着の袖で必死に涙を拭いた。


 涙を無理矢理止めて、深呼吸して息を整えてから、立ち上がって彼女と向き合った。


『ご心配かけてすみませんでした。 もう大丈夫です。ありがとうございました、水木さん』


「そうですか。 なら良かった」

 ヒナタさんは優しい笑顔で、そう答えてくれた・・・・が、突然不機嫌な顔になり

「でも今、泣いていたよね? 泣いたからもうコータくんの負けだよね?」

 そう言って、僕に侮蔑ぶべつの眼差しを向けてきた。


『え、いや、その・・・』

 僕が狼狽うろたえていると、ヒナタさんは畳みかけるように


「この泣き虫クソ野郎! ゲロ臭せーぞドーテーが! しょんべん漏らしてテメーはガキか!」


『チガウチガウチガウチガウチガウチガウ、僕は泣き虫なんかじゃない!』

『なんでみんな僕のことを急にイジメるんだよ! 僕が何したって言うんだよ!』


「そうね、コータくんは何もしてないね。 何もしてくれない、意気地なしだね!」


『だってしょーがないだろ! ヒナタさんに嫌われたくなかったんだよ! ヒナタさんみたいなお嬢様に釣り合ってないこと僕だって分かってたんだから、それでも頑張ってたんだよ!』


 もう自分でも訳が分からず、必死に言い訳をしていた。


「じゃぁしょーがないよね。 私にフラれるのも、クミちゃんをチャラチャラした男に盗られちゃうのも、チョコちゃんをコータくんよりもっと頼りになるイケメンに盗られちゃうのも、全部コータくんが意気地がないからだしね!」


『なんでだよ・・・もうなんなんだよ・・・もう嫌だ・・・死にたい』





 そこで顔面を思いっきりビンタされた。


 ハッっとすると、自分の部屋で寝てたようだ。

 目の前に妹が僕の顔を覗き込むようにして

「大丈夫コータ!すごいうなされて叫び声が私の部屋まで聞こえてたよ?」


 どうやら夢見て寝ながら叫んでいたらしく、僕の異常な様子から、妹がビンタで無理矢理起こしてくれたらしい。



 夜中の3時過ぎだったけど、ノドがカラカラだったのでキッチンに移動して冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出して、グラスに注いだ。


 妹もキッチンに付いて来たので、妹の分も炭酸ジュースを注いで、二人で一気飲みして二人同時にゲップした。




 夢の内容を全部覚えている。


 夢で良かった、という安堵と、言い知れぬ不安が胸の中を満たして、気持ち悪くなった。


「コータ、嫌な夢でも見たの?」


『うん、クミちゃんとチョコちゃんに浮気された夢』


「あちゃー、それは結構辛いね」


『うん・・・あんなに辛いことは他にないね。まるで地獄だったよ』


「で? 実際にどうなの? クミ先輩とチョコ先輩、二人が浮気している疑いでもあるの?」


『いや、まったく無いと思う』


「じゃぁ、ただの夢だね」


『うん、そうだね・・・・。 話し聞いてくれてありがとうな。 お陰で大分落ち着いたよ』


「ならよかった。 そうだ、また寝るの怖いなら、私が添い寝してあげよーか?」

 妹が揶揄からかうようにニヤニヤしてたので


『うん、お願い。一緒に寝て?』と甘えると、マジかコイツ!って顔してビックリしてた。


 結局、妹のベッドで朝まで一緒に寝た。








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