第53話 着地
「ぷはっ…… おい、もっと高くっ! 息ができないっ!」
俺は必死で腹筋を使って水面から顔を挙げて叫んだ。急降下はまだしも水面を飛ぶのはきつい。足のほうから進む形で背泳ぎしているような格好になり顔が川面に浸かった。腹の上で貝を石にぶつけるらっこのように顔を水面から出す。
背中の籠も水中に浸かってしまっている。動かなくなるんじゃないかと不安で籠に手を伸ばしてみる。変形していた。細長い。なんとなく子供のころ戦艦の模型に取り付けた赤と白のツートンカラーの水中モーターを彷彿させる。
「話せるんなら大丈夫でしょ! いいから早く撃って!」
「腹筋と首の筋がきついっ! それどころじゃねえっ!」
「ああ、もうっ! わたしの足を掴んでっ! それなら撃てるでしょっ! 」
「わかった! やってみる!」
右手でイレーザの足首を掴んだ。顔をあげる。風でたなびくマントの奥。見てはいけないものが目に入る。パンツ丸見えの向こう側。この異世界に日本人が想像する下着としてのパンツはまだ存在しない。
イレーザは黒マントしか身に着けていない。驚きもしたが納得もした。宗教的な儀式のときに身を清めるなど様々な理由で裸一枚に何らかの布地をまとうだけというのはありそうだ。
気合が入る。だが上下そろってやばいっ! 俺の本体がマブでチートなモーターのように前進し始めた。エネルギー充填一二〇パーセントまで五秒前。
さすがにイレーザの顔の前に、もっこりひょうたん島をひょっこりさせるわけにはいかない。
撃つのに集中だ! 左手で器のかけらを竹の筒に装填。急いで発射する。力尽きて顔が水面に浸かる。顔をあげて繰り返す。
「もっ続けて! 濡れても撃つ! いいえ、濡れて撃つ! 」
「わかった! 酸欠になる前に注射してやるさ! あ、発射しまくってやる!」
そして俺は必死で見えないままに勇者教の器のかけらを撃ちまくった。終わってみればあっという間だった。勇者の器のかけらはすべて打ち込んでいた。
「体が乗っ取られそう!」
イレーザの高揚する声。それに反して俺はすでに落ち着いていた。
何事も頂点に向かう前の高揚は一瞬の永遠を経て冷める。熱が失われたことに気が付き、過ぎた時が取り戻せないことを思い知る。
虚脱した気怠さそれに反して理性的、いやむしろ厭世的というか虚無的、あるいは哲学者の気分でこういった。
「やれやれ。息を合わせるということも奥が深いな」
「やれやれじゃなくてっ! 蛇男が来てるのっ! とにかく飛ばしてっ!」
飛ばそうにももう飛ばすものがないっ! 蛇男の様子を見てみようにもイレーザの股から目が離せないっ! どうせやられるならこの景色だけを走馬燈として見ていたいっ!
「無理だ! 飛ばすものがもうないっ! あ、いや、待て!」
俺の最後の一発。股に挟んだ竹がある!
そして竹から伝わるグッドバイブレーション。。
「これを目いっぱい伸ばして! 向きは私が!」
狙いを定めてるのか股で回転するような竹の筒。一さじほどの愛と勇気とほろ苦さをもって伸ばす。発射された最後の一発。擬音で言うならレ・ピッシュ。
「wOおっ」
蛇男の鋭く短い断末魔!
虚脱感とともに上昇していく俺とイレーザ。俺は逆立ち状態だ。下を観てみると蛇男が何やら吐き出しているのが見える。顔を振ると船の上の旗が燃え落ちている様子が見えた。
「体を水平に! 全力で橋まで逃げるわよ!」
「わかった!」
「しばらく耳をふさいでいて!」
「ああ、でもなんで!」
「来るわよっ! 船の粉じん爆発!」
「ちょ、まじかよ!止めるって爆破ぁ?」
「いいから」
腹に響く音と熱風。余韻に浸る間もなく勇者教のキモン達と大衆がにらみ合う橋の中央へ舞い降りた。
全裸で!女に抱き着いたその姿。
こいつらのどう見られるかなんて想像しようと思えなかった。
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