第52話 打ち合わせ

 全集中とはいえイレーザとのランデブーはそう簡単にうまくいかなかった。


 お互いが別の場所を向いていると二人の体は明後日の方向に向かってしまう。曲がるときもタイミングが合わず思うように曲がれない。こんなんじゃ船にするなんて到底無理だ。


「おい、悪いけど方向転換は俺に任せてくれないか」


「お任せしてますわ。ただ目に入るとどうしても顔がそちらに」


「じゃあ、目をつぶっててくれ」


「試しましたわ。でも船酔いの感覚が襲ってきて……」


 酒場で喧嘩した時のサトミを真似てみることにした。


「じゃあ、間を合わせよう、ちょっと練習だ。右に曲がるぞ 三、二、一」


「はい」


 だめだ。曲がれるけど微妙に重い。


「この間だよ。頼む」


 俺は中学生のころ体育祭でやらされた三々七拍子の三の部分の手拍子を繰り返してみた。


「ごめんなさい、私はこれが染みつてて……」


 イレーザの手拍子は四回だ。これじゃ合うわけない。いや、待てよ。確か四と三の最小公倍数は十二だ。じゃあ、お互いの手拍子十二回目なら……


「じゃあ、こうしよう」


 俺はさっきよりもすごく速く三拍子を四回繰り返した。そして、言った。


「今の手拍子の十二回目はどうだ」


「それならいけそうです」


「決まりだ。もう手は叩かないから俺が上下左右のどれか方向を言ったらそれに合わせてくれ」


「ええ」


 それからは気持ちよく飛べた。スピードも上がった。いったん上昇し上空からあたりの様子を見やってみる。


「マジかよ?」


 思わず声が漏れた。信じられない光景。河をさかのぼって船が前進している。いつの間にか船には勇者教の旗が掲げらてている。


 橋の上には連帯勇者教のキルモンが北側に、そして南側にはたくさんの人が集まってにらみ合っている。南側の民衆の先頭で人より少し高い位置にいるのはフリップ卿のようだ。


 そして、遠くの川底では一頭の恐竜ほどの大きなティラドゥが川底で横たわっている。無数の弓矢が撃ち込まれているのが見て取れた。北岸を観ると弓矢隊とでもいうのか何十人の同じ格好の弓を引く兵士たちが見えた。


「ウヲッエウヲッヲー!」


 ティラドゥの咆哮。そして大きく響く衝撃音。確認しに行った。


「ウソ…… だろ?」


 ティラドゥの突進を受け止めている奴がいた。一体のキルモンだ。形は中世ヨーロッパの鎧風のデザインでシンプルなもので量産型という印象を与えた。灰色と白の迷彩塗装で背景の石造りの街並みに溶け込んでいる。音がしなければ気が付かなかっただろう。


 その後ろには小さな子供を抱えた女がへたり込んでいた。このままキルモンが押し負けたらティラドゥに踏み殺されかねない。


「おい、助けに行くぞ」


 イレーザの返事は落ち着いていた。


「キンドラン軍のキルモン隊は優秀です。あの親子は大丈夫でしょう。早く行きましょう」


 イレーザが方向転換のために体の重心を変えた。俺もそちらに意識を向ける。動き出す。その直後だった。空気が震えた。後ろからだった。思わず振り返る。


「ダメっ!」


「え?」


 遅かった。俺が振り返った影響で速度が落ちた。目の前にティラドゥの姿。


「え?」


 ティラドゥは一瞬止まるとそのまま川底に堕ちていった。ぶつかる手前ぎりぎりだった。そしてギャッという大きく短い声と地響きのような音とともに泥の飛沫を大量に跳ね上げた。そこへ太鼓の音が響き渡る。北の空が暗くなった。大量の矢だった。ティラドゥに刺さっていく。


「幸運に、いえ、神に感謝しなければ」


「あ…… ああ」


 ティラドゥはほとんど目の前まで届いていた。人影が指一本分くらいにしか見えない程度には高さを維持していた。あのキルモン、俺たちに気が付き狙いを定め、あんなでかぶつを投げつけてきただと?


「やばいな、川底で歩いてるやつらを救けよう」


「いいえ、あの船を止めます」


「なぜだ?」


「この先にはマーロン橋があります。キンドラン軍はわたしたちに汚名を着せるためならマーロン橋の破壊くらいはしますわ。そして、大手を振って私たちを弾圧します」


「まさか。あいつらだって損するだろ?」


「あとでいくらでも説明します。ところで私たちを飛ばしている方に船を止めることは頼めませんか」


「ああ、さっきも言ったがこっちからの声は届かない。引き受けてくれるかどうかは別にしてその内容を伝えられない」


「わかりました。飛ばしてもらえてるだけで感謝しなくては。ところで方向転換を私にお任せいただけません? 」


 確かにそうしたほうが良さそうだ。ティラドゥを投げつけられるような俺の予想を超える攻撃がありえるのなら、場慣れしているイレーザに任せたほうが安全だろう。


「わかった」


「お願いついでに向き合う形にして私を上にしてくださいますか」


 そうすると俺は下が見えなくなり状況がわからない。返事に詰まった。


「率直に申しますわ。残りの数十秒であの船を止めるほど火球を打ち込まなくてはなりません、邪魔されたくないのです。ほんの数十秒空を見ていてくださいな」


 反論できない。


「わかった」


「あと、ついでといってはなんですが」


「ああ、もう全部従うぞ」


「ではお互いの顔ではなく顔と足が向き合うようにしていただけますか」


「わかった。でもなぜだ」


「お恥ずかしいでしょうがそこで少し足を開いていてください。ひざから下でいいです。その間から火球を打ち込みます」


「それはいいが醜いものを見せちまうぞ?」


「看護で男性の裸なんて見慣れてますよ。それに自分の一部を醜いとうものではありません」


「そっか」


 俺は麻の紐を魔力で操作することでその体勢をつくった。イレーザは信頼してくれているのかその間俺に身を任せきってくれたおかげで複雑な動きだがスムーズに行えた。


ふと気が付く、この体勢って夢の体勢では?


わざわざ言うことでもないが俺はあの女とおもてなしレディしかしらない。おもてなしレデイの時は下手に素人が手出し口出しするよりは任せたほうがいいと真っ暗な部屋でマグロとなって捌かれただけだ。


そしてあの女はトラウマで触れられたり見られるのが怖いと言った。だから自ら目隠しをした。僧侶九のように両手を胸の前であわせて女にタオルで縛らせた。愛の証明のつもりだった……


したかった! 俺だって、ほんとはもっと、いろいろしたかった!


「船を追い越しざま火球を打ち込みます。結果はどうあれマーロン橋に降ります」


我に返った。


「ああ」


「もし船が止められなければ橋の上の人たちを避難させましょう」


「そうだな」


「あと旗に向けて攻撃をしていただけますか?」


「でも武器がない」


「籠に勇者教の器のかけらを投げつけてください。私が火をつけます。旗を掲げられたまま悪さをされては困るのです」


「わかった」


 籠の中の破片を鞭の先端でかき集めると握りこんた。手についた油をまぶす。かけらを一つ股に挟んだ竹の筒に入れた。かけらが勢いよく出すように竹を細く長く調整する。要領で鞭の先端で押しつつ竹の筒を振った。真上に飛んだ。顔をかすめて落ちていく。焦った。


「行き過ぎちった」


「焦らないで。角度は私が決めるから、あなたは勢いだけでいいの。私を信じて」


「委ねていいのか?」


「もちろん私は指揮者だよ?」


イレーザの優しくユーモラスな声音に奮い立つ。


「わかった。委ねるよ」


「では掛け声を。合わせるので」


「じゃあ…… イクよ?」


「ええ。早く言って」


節をつけて叫ぶ。


「イ~ク イ~ク 69(ロッキュウ)!」


そして始まる急降下。皮の岩戸に隠れて震え始める俺の本体。


 

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