第47話 混戦 1
「待ちやがれ!」
俺はカウボーイあるいはどこかの考古学者気どりで麻の鞭を振るった。何か物語の主人公になった気分もあった。だがフリップ卿の目的がわからないままに思い通りにさせるわけにいかないのもまた事実だ。
投げ縄の要領で奴を縛って拘束してやるつもりだった。とっさに動いたのがよかったのか奴の浮かぶスケボーが加速しきる前だった。伸ばした麻ひもは何とか奴の胴に巻きついた。両腕の自由も奪ってやりたかったが届いただけ上等だ。奴は止まった。
振り返った。その手が一瞬きらめいた。
しまった。
拳銃か。
「止めろ! もっと強くする!」
叫んだ。片言の現地の言葉だ。俺は右手の鞭の柄を掲げた。お前がそれを撃つなら胴を締め上げてやるぞという意味を込めた。
奴は笑ったように見えた。奴は銃を腰にしまうとその麻ひもを引っ張り始めた。
「力勝負か。面白いじゃねえか」
俺は古い青春ドラマの主人公役を気取ってにやりと笑って見せた。物理の喧嘩で赤鬼のような体格のフリップ卿に勝てるとは思わない。だが魔法勝負は体格(ガタイ)じゃ決まらない。実証されたわけではないが経験上言える。
この世界での魔法はキレイに言えば想い、はっきり言っちゃえば性欲含めた精神のエネルギーを物理に干渉させる行為だ。
奴の魔法は火属性。植物を操れる俺と違って麻ひもを引っ張るなら腕力で来るはず。だが俺は植物属性の魔法使い。そして……
性欲なら負けない!
若者はスマートホンと共に異世界を冒険するらしいが異世界で目覚めは身体の反応と共に、そんな中年男が俺だ。
どうせ、フリップ卿みたいに若いくせに金と権力と爵位とルックスがそろった男なんて女をとっかえひっかえなんでしょうがっ! 忘れてないからな。ソフィアを公衆の面前で辱めようとしたこと。
そんな奴に魔法で負けたら俺のアイデンティティやらレゾンデートルやらゲシュタルトやらが崩壊しちまう。
それぞれの意味はよくわからないが三つそろえば三位一体で何かすごいものだということは俺だってなんとなく感じてるんだ。よし、やってやるぜ。
「って、おい、ちょ、早いって。止まれって! ちょ、待てって。あ、いや、ちょっと待ってくださいて。ごめんて。だからごめんて」
なんなんだ俺は?
まるで西部劇のやられ役がカウボーイの操る馬に引きずられるように石造りの屋根の上を仰向けで引きずられてる。そんなときでも白々となりゆく空の色ははひと時もとどまることを知らずに代わっていく。って空を見て現実から目を背けてる場合じゃない!
落ちつけ。いったん落ち着こう。俺。とりあえず。奴にかけた縄をほどけばいいんだ。全力で奴の胴に掛けた縄をほどくイメージ。遅かった。
無事にほどけた。と思った時には俺は空中に放り出されて奴をはるか下に見ながら見降ろしていた。奴はかっこ付けたしぐさでこめかみにあてた人差し指と中指をピッと俺に向けるとそのまま浮かぶスケボーで滑空してどこかに消えていった。
あいつ視点だときっと俺はギャグアニメみたいにきらーんと輝く星になっているに違いない。
やつとは対照的に俺はどんどん地上から離れていく。不安が募る。心を不安に覆い尽くされる前に現実を見つめる。
「へ、へぇー、この町こうなってたんだぁ。あ、お前らそっちに行くなぁー」
って、こんなところで呼び止めたって止まるやつじゃない。力づくで止めに行かなきゃ。竹が手元にないいま麻ひもの鞭をどこかに結び付けて咆哮転換しなきゃ。だがここまで高いと結び付けそうなところが見つからない!
しかも、この世界は魔法が使えるような世界のくせして慣性の法則もばっちりはたらきやがるようだ。俺はどんどん遠くへ飛ばされて川の上まで来てしまった。もうそのまま川に落ちることにした。
ここ、汚物を流してる川なんだよなぁ……
必死で口を閉じた。服を着てるから下手の泳がないほうがいい気がする。なんとはなしにどんどん流されているのか沈んでいるのか水流の圧力の恐ろしさを感じる。焦った。
がむしゃらに水面と思われる少しでも明るいほうにむけて鞭を伸ばした。引っかかるものを感じない。子供のころの経験が想い起こされた。まずい、目の前の現実ではなく過去に目が向き始めてる。
そう自覚したところで記憶がめぐりだすのを止められない。子供のころにザリガニ釣りをしたときのことだ。濁った沼に糸を垂れて何かにあたった感触はあるのにどうにもできないもどかしさ。
違う。
親に隠れて見た深夜のテレビ番組で見たSMの女王様を見たときの叩かれたら痛そうだという恐怖。
違う。
フリップ卿がソフィアを植物でからめとったときの怒りとほんのちょっとのエロチズム。
これだ。
麻の紐を伸ばしてなにか棒状のモノにからみつかせるんだ!
……棒状のモノにからみつかせる?……
途端に麻ひもの動きに勢いがなくなった。いうなれば萎えた。
うんにゃ、これじゃない。
俺はどこの、どんな穴でもいいから、穴に先端を通して引っかけたいんだっ!
よし、先端は勢いを増して突き進んだ。その先に何かがある予感がした。迷わず伸ばした。
引っかかった。
ビンゴ!
俺はそこから紐を縮めると無事に川から上がれた。
ようし、わかった。釣竿や縄、それに触手としての機能を追加だ。
まるでスマートホンにアプリをインストールしたみたいだ。
確かにこんなに便利なものなら異世界にもスマートホンを持ち込めばなんとかなるって思うよね。
不思議と痛みはない。そうか。背中の籠がクッション的な役割をしてくれたのか。よかった、よかった。そう思った時だった。
俺は自分がどこにあがったか気が付いた。船の上だった。木造の両サイドに何人もの漕ぎ手がいる様な船だ。漁火などの目立つ灯はたかれておらず、蝋燭がいくつか並んでいるだけだった。横暴な権力者に隠れて禁じられた神に祈りを捧げる場所に見えた。
目を凝らすと何人もの人々が一人の者の身体や服をつかんでいた。みんな暗い色のマントにフードをかぶっている。中にはVRゴーグルみたいなものをつけているやつもいればヘッドホンみたいなものをつけている奴もいる。
みんなが濡れネズミの俺を唖然とした顔で見ている。俺は麻ひもの先端がどこに侵入していたか見るとなんとなく事情を把握した。
俺の麻ひもの先端はみんなにつかまれている女の持つ高音を響かせそうな金管楽器の先端から入り込んでいた。女は美しい大人の女だった。
なんとなく事情を把握した。きっとこいつらがフリップ卿の魔法を陰から支援していたんだろう。さてこいつらがまともに機能しないうちに先手を打つ。だがどうしたら……
「どーん」
フリップ卿の奴が放った弾がまたどこかに当たったのか大きな音が響いてきた。
前門の狼、後門の虎、そんな言葉を思い出した。
「やるっきゃない……とな」
自分を納得させるために口に出すと早速行動した。
俺は麻の紐をその金管楽器を持つ女に巻き付けて知ってる限りの現地の言葉で言った。
「お前たち。魔法続ける。女、大変。お前たち。魔法止める。女、無事」
殺す、とはさすがに言えなかった。
だが、今の俺は誰がどう見てもないと(騎士)や物語の悪役にしか見えないだろうな…… そんなアイデンティティを持ちました、とさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます