第44話 夜更け過ぎて夜明けまで 3
どうしてこうなった…… とか言ってる場合じゃない。
俺は跳んでいる。より正確に言うと地面に向けて落ちている。
だがゴブリン戦との経験からか比較的落ち着いていられた。手元には俺の魔法アイテムである竹もある。
高層ビルのないこの異世界。視界は良好だ。遠くに見える山々の輪郭を夜明け前の静謐な群青が縁取っている。まだまだ薄暗いが徐々に視界が広がっている、
「ウオッ ウエッ ウオッ ウオーっ!」
咆哮。下から聞こえてきた。俺が落ちてくるのを大きな口を開け待ち構えている奴がいる。俺くらいなら一呑みにできそうな大きな口だ。涎を帯びた太くて尖った歯がぬらぬらとツヤを放っている。
大口を開けて待ち構えているのはどう見ても恐竜だ。
口の周りとその前足の鋭いは爪は赤く染まり、歯と歯と間には何やら布っきれが挟まっていた。どこかの哀れな誰かはすでにやられたようだ。異世界だろうと俺がいた世界だろうと理不尽なことに変わりはない。
「落下くらい自由にさせろっての」
俺は上着の内ポケットから竹を取り出すと手近な建物の屋根に向けて伸ばした。その反動で俺が落ちていく軌道が変わる。竹を縮める。くあたり一面を見渡す。手頃な屋根を見つけた。また竹を伸ばす。軌道を変える。繰り返して奴とは多少距離を置いた建物の屋根の上に無事に着地した。
俺の姿を見失ったのかそいつは首を振りキョロキョロしている。
しっかし、生物兵器とやらが恐竜だとは思ってもみなかった。
器を集めているうちに液体の中に見つけたものがあった。何やら爪の先ほどの小さなうねうねと動くものが入っていた。それが生物兵器だと思った。遺伝子操作か何かで病気を人に移す大量の蚊などの小さな虫が大量に街に放たれることを防いでいるのだと思った。
病気を広めるには衛生状態の悪い場所から始めるのが効率的と仕掛けたやつが考えても不思議はない。糞尿汲み取りの仕事をしていた経験から、逆に糞尿を回収させる費用を払う余裕がない地域に多くばらまかれているだろうとあたりをつけた。実際に勇者教の器は置かれていた。
人知れず世界を救っている高揚感に酔いしれているうちに貧民街の中、川っぺりにほど近いところまで進んできていた。
そして何やら気配を感じて振り返ると奴が近づいてきていた。両目がギラリと光ってやがる。すぐさま逃げようとすると奴は素早く追いかけてきた。そしてその熊手のような手でひっぱたくように俺を空中に放り上げやがった。幸か不幸か背中の籠にあたり怪我はなかった。だが鉄の籠は触ってみると変形している。幸い蓋もあり留め金もしてあったから中身はこぼれてはいない。
さて、どうするか? ここはマーロンの街を東西に流れる川のそばの貧民街だ。道端で寝転がっている奴だって珍しくない場所だ。ギルドや酒場に助けを求めに行く間に被害は増大する。それならなんとか川のほうに誘い込んでそこで決着をつけたい。俺の推測過ぎないがあの恐竜は川から来たとにらんでいる。
あんなバケモンが街をうろついていたらとっくに治安維持のために兵隊たちが駆り出されているだろう。あれが人の手によって送り込まれたのだとしたらそれを防ぐには海から川を経由させる。
しかし、こうして一息つくと冷静になってくる。そもそも勇者教の器が何個も何個も別々の掃き溜めに捨てられていることそのものがおかしいかったんだ。それでもナオミはその前提で俺に器を集めることを頼んだ。当然そこには何者かの意図がある。
だが考えたところで俺にはわかるはずもない。実際、器は十個ほど発見したし、中には怪しげな虫がいたわけだ。恐竜を送り込んできた奴と虫を用意した奴らは別の勢力なのかもしれない。そんなこと今考えたってしょうがない。とりあえず奴を人の少ないここらあたりで仕留めるしかない。俺が酒場やギルドに知らせに行けばきっと奴は追ってくる。
とりあえず、屋根の上から陰に隠れて奴の全体像を観察することにした。ティラノサウルスみたいな顔つきからトカゲを巨大化させた様な恐竜をイメージしていた。奴の動きが首を前後させていた。まづで鶏だ。そしてそう思ってみるからしれないが奴の身体全体を覆っている白い毛が羽毛に見えてくる。
とりあえずチキン野郎と呼ぶことに決めた。
よくよく見てみると俺を薙ぎ払ってあろう前足は思っている以上に長い。そしてさらにその先の手には水かきがあるようだ。だが先端は大人の腕ほどもありそうな鋭い爪だ。
他にも混ざっているかもしれないが恐竜と鶏とアヒルのキメラ生物に思えた。恐竜成分が三分の一程に堕ち、半分以上は鳥だたと思えうと不思議と恐怖心が薄れていく。もちろんでかさは警戒しなくてはいけないが。そしてよくよく見てみ見ると首を前後に動かすさまは餌を求める鶏を思い起こさせた。
だが人を喰ったであろうことは間違いない。このままあいつが地面のミミズをつっつく鶏のノリで道端に寝転がっているホームレスたちを突っつき始めたらまずい。とりあえず、腹を満たせば収まりがつくんじゃないか。そう考えた俺は背中にしょった籠の器を奴に喰わせることにした。元々かぼちゃでできた器だ。奴の口ならこれくらいなら人の見だろう。
やばい、気づかれた。でかいくせして軽やかにステップを踏んでこちらに向かってきた。そしてその目は軽いステップとは対照的にギラギラと輝き、バキバキに決まってるとしか言いようがなかった。
俺は竹から降りて屋根の上を慌ててあて駆け出した。夜明けの冷たい空気が風となって俺のほほをなでていく。それでも俺の火照った身体を冷やすには足りなかった。そして俺の身体は軽く、腕や足が大きく振れている気がする。きっとナオミの施術のおかげだろう。
俺は風を斬るを通り越して風を置き去りにしても息がキレることなく走り続けられる肉体に驚いた。自分の呼吸と心臓と足音しか聞こえない。俺は屋根の上から地面に向けて竹を伸ばした。そのまま勢いで跳んだ。くるっと咆哮転換して道の向かい側の建物の屋根の上にいた。
俺は竹の先端に器を刺して奴の口に突っ込むことにした。待ち構える。奴はこちらに向かって近づいてきた。そして、止まった。間合いを決めたらしい。
にらみ合った。
直後、奴はとびかかってきた。腕を大きく振り上げた。そいつを屋根に打ち付けた。俺の足元が崩れた。竹を突き刺す間もなく俺は全身を地面にたたきつけてもんどりうった。呼吸が苦しい。
「ふんっ」
気合を入れて立ち上がった。視線を感じた、振り返る、やばいばやばいやばいやばい。すごそばで俺を見下ろしていた。やばいやばいやばい。腰が抜けそうだ。奴が腕を振り上げた。竹を地面に突き立てその勢いで横っ飛びした。壁にぶち当たり転がった。
「ウオッー ウオッ ウオッ ウオッ ウオッー ウオッ ウオッ ウオッ 」
奴の咆哮に身がすくむ。俺を見失ったらしい。瓦礫の山をほじくり返している。すぐさま竹を伸ばし、また別の屋根に登った。そして、距離をとった。陰に身を潜めて自分に問うた。
まだ独りでやるか? 巻き添えにするのを覚悟で酒場やギルドに助けを呼びに行くか。
ナオミの耳が頭に思い浮かんだ。
あと、もうちょっとだけ独りで頑張ることに決めた。
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