第43話 夜更け過ぎて夜明けまで2
ああ、もう朝か……
どこかで鶏が鳴く声がする。
そっか、夜中の嵐はもうおさまったか。
段々と昨日の記憶が蘇る。
ナオミに手を引かれて一軒の建物についた。ファンタジー世界の魔女の部屋のようだった。
他の部屋にはバスタブが設置されていた。俺の汚れた身体を洗うために彼女は湯の張った桶を持って竈とバスタブを何度も往復してくれた。尋ねてみた。
「あの食卓を空中で止めてくれたの君なんだろ?」
「わたしだけじゃないですけどねぇ」
「そんな魔力があるなら魔法でお湯を沸かした方が楽なんじゃないか?」
「うーん。必要な属性の人を集めるのが大変だしぃ、属性ごとにグループできちゃうんで」
「え? 別にいいだろう? 適材適所だ。無駄が省かれて効率化するだろ?」
「それぞれのグループの人が、水が、火が、薪が欲しければ言うことを聞けって言い出しますよぉ」
「その発想はなかった」
「サイハーテの人は優しいですねぇ」
「ジョージィも優しいんだ?」
「あの人はどうでしょうぅ? 臆病なだけな気がしますぅ」
「俺だって臆病さ。でも君は俺を助けてくれた。立派だよ」
「わたしが道で倒れてたらほっとけますか? おじさまは」
「面倒を避けて見て見ぬふりさ。君はいい子だ。幸せになってほしいよ。マジで」
「おじさま悪い女に騙されないように気を付けてくださいねぇ」
俺が風呂からあがると彼女は鍼灸や整体をしてくれた。彼女はジョージィから針治療や整体の存在を聞かされると興味を持ちあっという間に貴族に引っ張りだこの凄腕鍼灸師となったらしい。
物語のタイトル風に表現するとこうだ。
「酒場で働いてるのに女の魅力で勝負できないキッズなわたしが本当の実力を見せつけていくのは貴族たちのベッドの上」
こんな話もした。
「俺がやり返しに行くの仲間からは止められたんだよね。俺が間違えてたのかな」
「そんなことないですよぉ。わたしたちはおじさまにを応援してましたぁ」
「え? どうして」
「あの人たちひどいんですよぉ。お姐さんたちなら教義に反しないからってぇ」
「なるほど」
「勇者教はホントは奥さんとしかそういうことしちゃいけないんですよぉ。それなのにわたしたちは人間じゃないからそういう相手をさせてもいいんだって」
「ひどいな。そりゃ」
「でしょぉー?」
「ごめんな。敗けちゃって」
「ううん、全然。立ち向かうところ恰好良かったです」
「気が楽になるよ。ありがとう」
マッサージの手が止まった。
「いたっ」
背中をたたかれた。痛いと感じるくらいの強さだった。
「気合を入れてあげましたぁ……」
「ありがとう」
と、ここまでは記憶にあるんだけどなあ…… そういや器も集めないとなぁ。このまま寝てたいなぁ……
寝返りをうった。
ビビった。
ナオミの寝顔が目の前。
甘い吐息が届く距離。
とにかく確認だ。
心臓のエンジンが大回転を始めた。
股間に手を伸ばす。
バッテリーはビンビンだ!
ナオミが寝返りをうった。その時見えた。彼女の背中は何も身に着けていなかった。
ヤって…… もうた……
いくらこっちでは大人扱いの年頃だといっても俺の感覚じゃ中一、下手すりゃ小6だ。せめて合意の上であってくれ。
胸が苦しい。彼女の吐息一つに心臓が飛出しそうになる。彼女はいくつか寝返りをうつと胸元を隠しながら身体をおこしたて俺に尋ねた。
「今日はどこのねぐらに帰るんですかぁ?」
「どこって?」
「ここか。お仲間のところか」
俺が答えられないでいた。ナオミの瞳が少し震えた気がした。彼女は言った。
「もういいですよぉ。行ってくださぁい。ちょっと夢見たかっただけなんでぇ」
「え? もう一回イケって?」
「なに言ってるんですかぁ。勇者教の器。まだ集めてないじゃないですかぁ」
「あ」
顔を覗き込まれた。
「もしかして忘れちゃいましたかぁ。昨日のこと」
「あ、いや、覚えてる覚えてる。魂に刻み込まれてる」
「よかったぁ。わたしも絶対に忘れません。あ、準備はそこにしておきましたぁ」
なにやら柔道着のようなものが壁に掛けられていた。そのそばに竹でできた籠が置かれていた。籠には何やら入っている弾かれたようにその服にとりついて着替えた。何か声をかけるか迷った。
「ほんと人がいいですねぇ。もういいですよ。使命が終わったらこんな耳なし女のことは忘れてあの人のところへ帰ってあげて」
「あ、いや、その、俺、責任は取るよ。君がよければだけど」
「責任、なんですね……」
「……ごめん」
「わかりました。早く行ってください。どうぞ」
彼女は布団をかぶってしまった。かすかに嗚咽が漏れ聞こえてくる。布団に頭を下げると服を着た。鏡の中の妙に若々しい、いまだ何者にもなれていない中年男。こんないたいけな少女を泣かせたくせになにをしたかも覚えていない最低野郎。
突然背中に軽い衝撃。それから二つの小さな湿り気を帯びた温もりが静かに俺の身体の芯まで伝わってきた。ナオミが俺の背中に抱き着いていた。
「あと少しだけ……」
俺はナオミの言葉を待った。
「本体、汚れてませんでしたか。キレイに拭いてあげたつもりなんですけどわたしの血がなかなか落ちなくて……」
「キレイだった。ありがとう」
「ううん。ごめんなさい。こんなに早く行っちゃうとは思わなかったから……」
「いや、気にすることないで候。早くイク拙者が悪いのでござる」
「愛があれば早いも遅いもないですよ?」
「いや。相手に合わせられない独りよがりの最低野郎でござんすよ、あっしは」
「へへへ、おじさまもそうなんだぁ。わたしもです。敗けちゃいました、わたし」
「へっ? 誰に」
「神様に」
「え?」
ひょっとしてナオミ殿は転生者なのでござろうか? この抗えない魅力はステータス異常を起こさせるチート能力なのでござるか、否か? それが問題でござるな。
「わたし、戦ってたんです。こんな地獄みたいな世界をつくった神様と。泣いたり悲しんだりしないで死ぬまで笑いつづければわたしの勝ちだって」
「え……」
「ごめんなさい。邪魔して」
「あ、いや、別に」
「あの、お願いがあるんです」
「何でも言ってくれ」
「こ、このまま振り向かないで行っちゃってね。大丈夫ですよ。おじさまには勇気があります。きっと世界を救えますよ」
その声には嗚咽が混じっていた。
「わかった……」
めっちゃいますぐ振り向きたい っ! 根掘り葉掘り聞きだして思い出したいっ! ここまで来たら「俺、本当にヤっちゃった?」ってピアニッシモでささやく勇気が出るわけないっ! もしもピアノが弾けたからってどうだってんだっ!
ほんと未来への期待ばかりだった俺の頭のストレージは思い出に上書きされちゃって何かって言うとすぐそこにアクセスしちゃうくせに、なんで愛のメモリーは読み出せないのぉっ?
「じゃ、いくね」
返事はなかった。代わりにナオミは腕をほどいた。温もりが逃げてしまわないように籠を背負った。重みだけしか残らなかった。
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