第42話 夜更け過ぎて夜明けまで 1

「おじさまぁ、意外と余裕ありますねぇ」


「ふん、ホントはギャフンとでも言いたいところだよ」


  傷ついた仲間に寂しい想いをさせてまで自己満足のために仇を取ろうとしたら返り討ちにあって全裸でさらし者にされたあげくにうんこまみれ。できれば独りでシクシク泣いてしまいたい。


「なんですぅ? そのギャフンて」


「ザマァされた奴が言う呪文みたいなもんさ。涙目に祟り目。ぴえん通り越してぱおんって奴だ」


「へぇ、すごーい。おじさまは言葉が好きなおじさまなんですねぇ」


 女はわざわざランタンを地面に置いてまでパチパチと手をたたいて笑顔で小首をかしげた。作為的なものを感じて反発を感じるのは俺が女に騙されてきたからだろうか。


 女を見てみると薄い白い布を体に巻いた様なフッションをしている。足元まで覆うような長さだ。それでいて胸元は露わである。生地は薄手でシースルーの箇所もある。腕やひざ下だ。腰から下の生地の合わせ目がめくればすぐに足が現れること感じさせる。


 二階席にいた女のうちの一人だろうか。職業として二階席に立つには若すぎるように見える。マイよりも若いだろう。俺の記憶をたどって言えば小学校から中学に上がるころの同級生の女子のなかにマセてススんだポップなティーン女子のグループのなかにいたような雰囲気を漂わせている。


 少女は小首を傾げた。


「あ、ごめん」


「なにがですぅ?」


「じろじろ見ちまった。嫌だろ?」


「あー。慣れてますって見られるの。それよりもっとおじさまの言葉を教えてくださいよぉ」


「俺の言葉なんてただのダジャレさ。共感や理解してもらえるどころか聞いてさえもらえなかったよ。やめときな時間の無駄さ」


「そうですかぁ。ま、その気になったらいつでも言ってくださいねー」


 この少女…… もしかしていい子なんじゃないか? おっさんなんて古今東西、世界異世界、粗大ごみ扱いが関の山なのに……


 それにひきかえ俺はなんだ? こんないい子に八つ当たりしてるじゃないか! 情けない。


「どうしたんですかぁ? 何か難しいこと考えてるんですかぁ」


「あ、いや。悔しみと優しみの間で揺れ動く俺の感情に名前を付けるとしたら感情の振り子みがすごい、みたいな」


「あんまり難しいこと言わないで下さいよぉ」


「あ、いや……」


 しまった。少女の若さに合わせて無理に若者言葉を使おうとしてしまった! しかも混乱させるだけだった!


「ははぁーん。あれですかぁ。普段は標準語だけど本気でキレたときは大阪弁で喋るっていう人の話を聞いたことありますけど、それですかぁ」


「あ、いや、そんなわけじゃあ・・・…」


「えー、でも、さっきはなんだか急に下っ端風に喋りだしたし、おじさまはキャラ作りたい人なのかなぁって」


「あ、いや違うんだ。あれは……」


 身体のコンプレックスに触れられたからって過剰に反応して卑屈になってしまったらしい。いちいち具体的に言わないがある意味において俺の本体は引っ込み思案だ。その素顔からフードを取ってさわやかな高原を風を切って走るには手によるサポートが必要だ。


 酒場で晒し者にされたときには修学旅行やスーパー銭湯などで培ったまったくそれだとは思わせないサポート技術を活かせなかった。きっとこの少女もそのとき俺のある意味における本体を見たのだろう。いつの時代もどの世界でも最近のガキってのはマセてやがるもんだ。


 しかも俺が過剰に気にして卑屈になって余計な事を言ってしまったとたん「本体ってなんですかぁ」ときたもんだ。


 危ない。この子の本性は小悪魔だ。気をつけなければ。


 少女一人でこんな時間にうろつける街じゃない。酒場から俺を追って出てきたのだろう。


「見てたんだろ? こんな俺が世界を救って英雄になれるわけないだろ?」


「おじさまがそう思うんならなれないでしょうねー」


「馬鹿にしてるのか?」


 少女は顔色一つ変えない。微笑みを崩すことはなかった。考えてみればきっと恐ろしいい荒くれ者たち相手に商売をしてるんだろう。俺なんかが凄んでビビる相手じゃない。


「してません。もうっ…… 不安なんですねぇ。おじさまは。傷つけたりしませんよー。わたしは」


 その微笑みに思わず目を逸らしてうつむいた。


  ふと温もりと香りに気が付き顔を上げた。彼女は俺の下まで近づきしゃがんで俺の二の腕に手を触れていた。


 いい匂い、甘くて鼻に残りなにか記憶を刺激するものが漂っていることに気が付いた。この娘の匂いか化粧品や薬草のたぐいか。なんとなく鼻を鳴らす。


 匂いを意識すると相変わらず俺が汚れていることを思い知らされる。それなのによくもまあ屈託なく近づいてこれるもんだ。


  そっか。聖女だ。きっとこの子は。


「あ、あのさ…… さっきの世界を救う英雄の話が聞かせてほしいんだけど」


「この世界を滅ぼすほどの武器が持ち込まれたんですって。わたしの魔法でも敵わないかもって」


「どんな武器?」


「うーん、なんか生き物らしいですよぉ。それで人を根絶やしにして土地を奪うとかって」


 なるほど。確かに核なんか使ったら土地そのものがだめになってしまう。やっぱり生物兵器か。作られた病気を広めて人々が死に絶えたあとに悠々と支配しようって言う腹か。


「難しそうだな」


「できます。差別や貧困をなくせって話じゃないんですから」


「いや、でも……」


「大丈夫。おじさまにはちょっと手伝って欲しいだけですってぇ」


「なるほど。で? 俺は何をすればいいんだ?」


「ほらそこに勇者教の器がひっくり返ってるじゃないですかぁ」


 ああ、この子はきっと俺が駄々をこねる子供みたいにこの器をひっくり返したところ見ただろうにそこには触れないんだ…… 優しいなぁ。まるで女神様みたいだ。


「うん」


「あれをできるだけ集めてほしいんですよぉ」


「うん。それだけでいいの」


「ええ。ジョージィはそう言ってました」


「へえ、きれい好きなんだね、ジョージィって」


「うーん。そうでもないですよぉ。そうそう。それで、もう運べないくらい集まったらそこで手伝いの人が来るまで待っててくださぁい」


「うん。でも僕にできるかなぁ」


「できますってぇ。意志と能力を掛け算して状況と環境で割るだけじゃないですかぁ」


「難しいことと言うなぁ。でもなんだかできそうな気がしてきたよ。あ、そうだ。名前、教えてくれるかな」


「ナオミです。おじさまは?」


「俺はただのおじさん。仲間からはおじさまって呼ばれてる」


「じゃあ、おじさま。わたしの部屋に来てください。お仕事の前に身体を洗ってあげますからぁ」


「え? いいの?……」


「いいんですよぉ、それからおじさまに元気になってもらってぇ」


「げ、元気になってもらって…… ?」


「こう」


  彼女は俺の左胸に手を添えて軽くひねった。


「なに? 今の」


「ハートに火をつけちゃった。なんて。いやだ。へへへへ」


 微笑みが照れ笑いに変わった。


 胸のエンジンに火が付いた!


 明日なんて待ってられない!


 ダッシュで器を集めるぞ!


 勇者教の奴らとの喧嘩に敗けた心の傷なんてもうすっかり他人事だった。


 こういう気持ちをきっと若いやつらはギャフン通り越してギャバンとかって言うんだろうな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る