第39話 ミケVs アラサー女 2

二人は食卓の上でにらみ合っている。俺たちはゴングが鳴るのを今か今かと待っていた。小柄なミケは見上げるように、アラサー女は見下ろすように。こうしてみるとミケがどこかの神話で巨人に挑んだ男のように見えてくる。確かミケランジェロという彫刻家が作ったダビデ像だったか。


橙の灯に照らされて光と影が明確に立ち上っている均整の取れたミケの後ろ姿には不思議なことに張り詰めそうな緊張感と同時に衝動的な躍動感が漲っていた。これから戦地に赴くミケの髪型を外はねヘアーとか言って申し訳ないになる。


一方、アラサー女は太ももやほほなどを自ら平手で張る。パシン、パシンといい音が響く。自らを鼓舞しているのだろう。時折吠えた。女子ラグビーの中継で見る試合前の選手の様子そのものだった。


ミケの姿は俺たちのいる場所からは後姿しか見えない。だが落ちつているようだ。特に何か目に見える動作はしていない。


「落ちつているな、ミケ」


サトミに話しかけるとサトミも頷いた。


「ああ。だけどおじさま。酷なようだが勝ち目はないだろう。ミケが奴に捕まったらすぐに止めに入るぞ」


「わかった。でも、ミケだって何か考えはあるんじゃないか? わざわざ奴らの手に乗ったんだ」


「猫族が他の種族に勝るところは身軽さと柔らかさなんだ。武器を落とさせると素早く懐に入ってくる。思いのほか拳は伸びてくるし、そこに爪の長さも加わる。それに両腕の回転の速さも目を見張るものがあった」


「お、いいじゃないか? あの女の図体がでかいってことは的もでかいってことだろ?」


「ああ、同じ体格で戦闘の経験が同じ程度で、武器なし。それなら猫族と殴り合うのは私も避ける」


「あ、じゃあミケにも望みはあるじゃないか」


「お互い条件をそろえて、いざ参る、という作法に則った決闘だって体格差や魔力差、それに頭の中身の差は埋まらない」


「確かに」


「結局最後は生まれつき与えられた心技体をどれだけ磨いておいても埋められない差というものはあるんだ」


「そうか……」


「たまーに拳闘奴隷の戦いなんかではそれをひっくり返す奴が現れるが、そいつはそれだけで英雄だ」


「やっぱりあの二人の体格差はでかいのか?」


特に詳しいわけではないがあらゆる格闘技が体重によって階級を分けているのは知っていた。


ボクサーを育てるシミュレーションゲームで経験したことだが軽い階級は判定で勝負が決まりがちで階級があがるとノックアウト率があがっていった。


どこまで現実を反映しているかは判断のしようがないが俺が活動していた小説投稿サイトで異世界転生ものが流行り始めたころに、主人公がトラックに轢かれるパターンが多かったのは、そりゃあ、あんなでかい乗り物にに轢かれたら一瞬で死んでしまうだろうという説得力があったからだ……


と僕は思うんですけどいかがでしょうか……


あっしなんてね、ブクマも評価も感想もフォローも応援も24hポイントもついぞいただくことの出来やせんでした超素人底辺作家でやんすからね。小説についてあっしの言うことなんざぁ、真に受けちゃぁ、いけやせんぜ、ダンナ。


……何か、嫌な記憶がふっと頭に沸いてきたようだがはっきりと思い出せない。まあ、いい・そんなことを気にしている場合じゃない。


でかい、重い、というものにぶつかったときの衝撃が強いというのは想像してみれば身体がその危険を知らせてくれる。


「うん。それに身軽さや身体の柔らかさが猫族の強みなら猿族は筋力が強い。特に物を握る力は犬族や猫族より強いんだ」


「なるほど。掴まれたら終わりってことか。わかった」


頷きあうとほどなくしてゴングが鳴った。


その様はふわっと消えた、と言うしかなかった。ミケはその場で跳んだ。空中で身体を丸め前転でもするかのように。美しく静かに。そして、音もなく着地する。結果、一瞬でアラサー女の頭を超え背後をとった。


そして、時折アラサー女の身体の左右から顔がのぞかぜる。アラサー女はそのまま前を向きながらのけぞった。ミケが背中を殴っているのか鈍い音が繰り返される。アラサー女は振りかえることもできないようだった。ミケの攻撃は止まらない。


やがてアラサー女はが片膝を。そして両膝に両手をついた。


「やった! 女型(めがた)の猿人を膝まつかせたぞ! ここで惨めに敗けさせろ!」


興奮して叫んでしまった。


「考えたな。ミケも」


「ああ。やっぱ頭いいなあいつ」


「それに狩った獲物を解体していたってのもね。たぶんあの女の尿袋にいい拳を入れたんだろうな」


「ニョウブクロ? それって弱点なのか?」


「ああ、体の中でおしっこを貯めておくところだ。殴られると相当きついはずだ」


「そっか。やったなミケ!」


俺たちが話している間にミケは四つん這いになった女の背中に馬乗りになって女の頬に手を添えていた。ここからはよく見えないが爪を伸ばしているのかもしれない。そしてときおり女の背中に肘鉄を下していた。


ケは女の連れたちに向かって何か叫んだ。テンブリ語だ。


「まずいな……」

サトミが顔を曇らせた。


「どうした?」


「ミケは降参させろって言っているんだ」


「それのどこが不味いんだ? あの女だって顔に傷つけられたくないだろう?」


「逆にあの女がミケに馬乗りになったら降参を勧めると思う?」


「いや、いいように痛めつけるだろうな」


「ミケが人の顔に傷をつけられる様な人間じゃないことが見抜かれた」


はっとして戦うを二人を見た。応援する。


「ミケ! やっちまえ! その女に気を遣う必要はないんだぞ!」


「ミケ! 右腕を回して首にあてがえっ! 左腕で女の頭を前におせっ!」


懸命な叫び。だが届かなかった。


女はミケの手首を掴むと軽々と立ち上がった。そのままミケは片腕を取られたまままるだしになった腹に肘鉄を喰らってしまった。呻くと力が抜けてしまった。そして女はミケの首根っこを掴み食卓の端まで行くと観客に見せつけるようにミケをさらしながら食卓の端を歩いた。


「止めるぞっ! ミケ! いいなっ!」


確認しようとしたのが間違いだった。俺が叫んだ時にはサトミはすでに駆けていたというのに。女はミケをさらし者にした状態でミケの服を引きちぎりやがった。サトミはわずかに間に合わなかった。ミケのはだけた胸元に観客たちの歓声が土石流のように俺たちの心になだれ込んできた。


「ぶっ殺す」


聞こえてきた日本語が俺の声だと気がついたころにはゴングは鳴り響いていた。


俺とサトミはミケを隠すように抱えて人の輪から出ていった。


振り返ると食卓の上で満面の笑みで観客たちの手を振る女が男たちを刺激するように、まるえでポールダンサーでも気取るように身体をくねらせながらゆっくりとラガーシャツの袂をめくり上げていった。


顔こそ祖観客に向けていたがラガーシャツの中に着込んだコルセットを見せつけているのは俺たちに対してだと確信した。


「ぶっ殺す」


駆けて行って食卓の上で調子に乗っている女にドロップキックをかまさなかったのは次の相手の一番若い男をぶっ殺してやったほうが奴らの心を抉るものがあるだろうと判断していたからだった。

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