第34話 酒場 5
なんとなく自己嫌悪を感じていいるところへ爺さんが声をかけてきた。
「フリーズ! mshっじょ!フリーズ!mshっじょ! プリーズ ギブ ミー ガン DJぴおおいあSJF;L 」
「おじさま。お爺さんは動くなと言っている。その子が持っている武器はかなり危険なようだ。武器を渡せと言っているみたいだ」
サトミが通訳してくれた。爺さんも英語に慣れていないのかなんとなく俺にもわかる単語が混ざっていたがおおむねサトミが教えてくれた内容と一致していた。
若い男がひざまづき丁寧にゆっくりとガキのマントをめくっていくと服装が見て取れた。
スキニーなブラックジーンズに黒いTシャツ。tシャツにプリント文字は入っていないから好きなバンド名なんかはわからない。それになにやら腕にはやたらと何かを巻いている。足元はキャンバス地の黒いハイカットで底が分厚いバスケットシューズ。ロゴは削りとったのかもともとなかったのか俺のイメージでははあるはずのところにスポーツ用品メーカーのロゴは入っていなかった。
俺がいた世界では思春期にパンクロックに目覚めた少女の格好にも思えたが、バンド名や企業のロゴが伏せられているだけでメスガキの内面の情報が遮断された気になる。相手のことがよくわからないという不安も大きいだろうが情報を隠そうという意思が感じられ不気味に思えてくる。
男がその手から銃を取り上げるとき少女は抵抗することなく簡単に手放した。まあ簡単に手に入れられるからこそなのかもしれない。
寝そべりながら俺と向き合っている目の前のメスガキ。美しく整った白い顔に黒い髪が一束、はらりとかかっている。その額のほう、染めてから毛が伸びたのか、髪の根元は金色。わざわざ黒く染めてるようだ。
まるで何も気にしないかのように平然とした顔で俺を見ている。生意気そうにガムを噛んで退屈だとでも言いたげに瞼が半分覆う瞳は緑色でガラス球のように見える。実際カラーコンタクトを入れているのかもしれない。そして挑発するかのようにときどきガムを膨らませもした。
俺は自分が他人を変えられると思うほど傲慢ではないつもりだ。自分が変わろうとしたところで、せいぜい環境を変えて習慣を変えてその結果周囲の見る目が変わる程度だろう。他人にそんな面倒なことをさせられるわけがない。
少なくとも話し合いの途中で拳銃を相手に向ける奴と分かり合えるとは思えない。
俺とこちらへ来たいきさつは違うのだろうと確信する。自殺は誰かを攻撃するよりも自分を攻撃することを選んだ結果の一つでもある気がする。あくまでも俺はそうだったと思うだけだが。話し合いの途中で拳銃を人に向けるような奴は自分を責めずに他人を責めるだろう。
そしてこんなメスガキでも心配する女がいる。 俺の目線はメスガキを心配してしゃがみこんでいるアラサー女に移った。偶然だが女のマントの裾からチラリと太ももが見えた。
女が姿勢を変えるたびに松明にともされた揺らめくオレンジの灯が気まぐれに女の太ももに落とされる影をなめたりなめなかったり。
むっちりしてんなぁ…… だめだ。見てちゃだめだ。見てちゃだめだ。見てちゃだめだ……
俺は女の太ももに現れる気まぐれなオレンジの道の拡幅工事を願いながらも相反する言葉で理性にかけた。こちらへ来る前に処分しようとしたパソコンの数ある動画フォルダの名称には当然「三十路もの」という名前もある。なんとなく思い出しながら思った。
結局俺はどこへ行っても、いくつになっても男としての自然の摂理からは……
逃(のが)れられないんだなぁ、男だもの。
やれやれ…… さっきまでの不安はどこへやら消えてしまっていた。しかたがない、受け入れる。ただの男には興味ありません、ってのがヒロインだろうとどこにでもよくいるありふれ女子高生だろうとそれが女ってもんだ。そして俺はただの男。死の恐怖を実感したのちだろうが、いやだからかもしれないが男であることから逃れられない。
うまいこと俺の中の男と付き合っていくしかない。
俺は後ろ髪を引かれる思いで男たちのほうに顔を向けた。
若い男は慎重に拳銃を操作していた。おそらく安全装置を入れたのだろうと推測した。爺さんはその間、銃に向けてなにやら手をかざし力の入った顔つきをしていた。断定は危険だが魔法で銃が誤作動するのを抑えていたのかもしれない。
爺さんは英語とテンブリ語で何か繰り返している。メスガキに大しておとなしくしてろということなのだろうか。そしてメスガキが逆らわずにいるところを見ると爺さんたちに対して何らかの力を認めているらしい。
「おじさま。もう立ってもいいらしい」
俺はサトミの声に慎重にゆっくりと立ちあがった。
「ごめん。あたしがうかつに動いたから。すごく危険な武器だったんだね」
詫びるミケに言った。
「いや、気にするな。誰も怪我してないし」
「うん。でもおじさまに死んでほしくないからね」
「…… そっか。わかった……ありがとう。気づいてくれてよかったよ。でなきゃ誰か死んでいたからな」
「うん」
のど元過ぎれば熱さ忘れるなんて言葉があるがさっきの緊張感が消えていた。あちらさんはあちらさんでメスガキを囲んで小声で何やら話し始めた。
「なんだか喧嘩する雰囲気じゃなくなったな。このまま飲み勝負でも挑むか。平和的に」
俺の言葉にサトミが言った。
「だが、このまま闘わないわけにも行かない。ミケは聞こえなかったか?」
「え、ごめん。あたし、おじさまと話してて」
「あの子供がどれほど偉いのか知らないけどさ。あいつらみんなあの子にこう言ってたんだ。あなた様の手を家畜どもの血で汚すことはありませんってね」
俺は言葉を失った。
ミケも黙ってサトミの言葉の続きを待っているようだ。
「しかもさ。聞こえても構わないと思って言ってるね。犬族とか猫族とか言ってるし……」
サトミは俺をチラリと見て言葉を濁した。
「ああ、俺がいた世界じゃ日本人は外国人から舐められるからな。まあ俺のことは好きに言わせてりゃいいさ」
「いや、日本のことは何とも言っていないよ。彼ら」
「え? じゃあなんて」
「おじさまはドスケベだって。身を挺して仲間を守るふりしてあの子に抱き着きたかっただけだって。あいつだけは天罰を下すとさ」
「まさか、そんな……冤罪だ」
全く身に覚えがない。そんな疑いをかけられるなんて驚くばかりだ。俺はガキになんて興味はない。あのむっちり色白ボディのアラサー女に魅力を感じたのは否定しないが。
「向こうにはバレてないと思うけど倒れているときはあの女のマントの中をちらちら見てたでしょ?」
「い、いえ、ち、違います。あ、じゃあ、私、先を急ぎますから……」
まるで、電車の中でこの人痴漢ですと言われた男のように言った。その場を立ち去ろうとする俺は肩をつかまれ振りかえさせられる。サトミの顔を見ることができずに目を逸らした。俺の両のほっぺたを持ち上げて俺を見つめているであろうサトミの声が聞こえた。
「気にするな。元気な証拠だ。あっちの世界じゃ男がスケベであることが禁じられているようだがこっちは男かスケベなのが当たり前だぞ? わかった? おじさま」
「イエス、マム!」
思わず新兵のように背筋を伸ばして敬礼で答えた。これにはサトミもにっこり。ミケも手を叩いて笑った。
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