第33話 酒場4
「注目してくれ。二人とも。魔法の確認。三(みぃ)二(ふぅ)一(ひぃ)」
サトミが後ろから言った。
「え? あ? あっ、ああ」
考える間もなく言われるままに竹を伸ばそうとした。手から力を伝えている感覚はあるのにそれがそのままその力が帰ってくる感覚があるばかりだ
「なんだ? だめだ。伸ばせない。ただの人間に戻っちまったのか? 俺」
ミケのほうを見てみる。俺と目が合うと軽くうなずき床をさっとなでるとその手のひらを顔の前にかざした。
「あたしもだめ。砂粒一飛ばせない……」
「私もだ。波紋一つ作れない。奴らか酒場の用心棒に強烈な魔法使いがいる公算が高い。野次馬を煽って腕っぷし勝負に持ち込む。奴らか酒場か確認するために人目が多い場を作るぞ」
「わかった」
俺が頷くとサトミが現地の言葉で何やら大きな声を上げ始めた。すると騒ぎを気にしてチラチラとこちらを見ていただけの奴らが徐々に俺たちの周りに集まり始めた。こちらへ向かってくる奴らに対しても気づかいをはじめたのか道を空けている。さっきよりもこちらへ向かってくる奴らの様子が良く見えるようになった。
激昂しているのは三人か。中心の奴とその横にいる奴がなにやら喚きながら速足でつかつかと向かって来る。それが男と女だということは声でわかったがあとは性別もまだわからない。残りの一人は少し離れてついてきている。
その興奮している奴らを両脇からいさめるようにおし止めようする二人。キレたやつは仲間に目の前に立ちふさがれても押しのけてしてこちらに向かってくる。
よかった。奴らも意見が割れてる。仲間割れをしているならこれ幸いだ。数的優位を取られなければサトミの戦闘力は俺がいた世界から来た人間相手なら優勢だろう。
おそらく二人は敵の総人数も把握して俺たちなら勝てると見込んで挑発したんだろう。さらに少なくなってくれるならありがたい。拳銃や魔法が使えるなら人数の差を覆すこともできるだろう。俺たちだって頭数は不利だったのにゴブリンを倒した。だがなんでもありで物理勝負なら士気の高い人数の差はそのまま戦力の差になってしまう。
中指を立てられただけのことで激昂するような奴がいまだに何も仕掛けていないということは奴らも魔法を制御されていることが考えられる。使えるならとっくに使っていそうだ。あんな短気な奴が軍人や格闘家などの特別な訓練を受けた奴だとも思えない。勝負はやってみないとわからないがビビることはなさそうだ。
そして奴らは俺たちの前に立ちはだかった。今にも飛びかかってきそうな奴と俺たちの間に入って興奮している奴を止めようとしている二人がいた。そいつらはフードを外して顔を見せると俺たちに軽く頭を下げながら何やら言った。若い男と爺さんだった。見覚えがあった。キルモンに乗っていた奴だ。
「なあ、おい、こいつら……」
言いかけたところでサトミが唇に人差し指をあて意味ありげに頷いた。正確な意図はわからなかったが勇者教の制服を着ていないと言うところを見るとお忍びで酒場に遊びに来たのかもしらない。
武士の情け、もしくはあとで脅しに使うのかわからないがここは気が付かないふりをしたほうがいいと判断したのかもしれない。自称船乗り(海賊疑惑あり)のサトミはこういう交渉事に慣れているのだろう。素直に従うことにした。
サトミは悠然と構えてやつらの内輪もめを眺めている。興奮冷めやらない男女となだめている二人。力関係は興奮している奴らのほうが上のようだ。
若い男と爺さんはあくまでも冷静に穏やかに話を続けている。時折フードの奥からこちらをにらむ興奮している奴と目があった。中学生みたいな少年だった背は高そうだが戦の細い色白の金髪ロン毛の少年だ。女はアラサーくらいか。こちらも色白金髪だがキャリアウーマンみたいに短めのヘアスタイルで化粧もばっちり、肉付きの良い女だった。
そこから少し離れたところでこれまた中学生みたいな色白で戦の細い少女が薄ら笑いを浮かべて俺たちを見ている。
状況が硬直してきたな。
俺がそう思った時だった。隣で風が動いた。見えたのはミケの背中。身体が動いた。腕を伸ばしてミけの肩を掴むと後ろに引き倒しながら前に出た。
少女の前、俺たちに向かってマントが膨らんでいる。映画なんかで見た。その布地は銃口の形。俺はそのまま押し倒すように少女に抱き着いた。二人とももんどりうって倒れこむ。それでも少女は声をあげない。ただ静かに確実に俺を侮辱する言葉を英語で呟いた。
ガキと一瞬目があった。絶対に理解しあえない人間はいるという感覚を久しぶりに味わった。俺は目を逸らした。
年齢関係なくヤバい奴はヤバい
本当は新宿の掃除屋のようにカッコよく、しかも銃の使い方の講釈しながら、このガキから銃を奪ってやりたかった。でも無理だ。飛びついた瞬間を振り返ってみる。ヤバいっ! そう思った。そう思ったら身体が動いていた。
まあ、俺が身近に銃が存在しない日本で生まれ育って銃の本当の恐ろしさを実感してなかったからかもしれない。そう分析してみるが改めて自分が銃を向ける相手に飛びかかったのだと考えると肝が冷える。ガキの面を拝みながら自分の無鉄砲さを感じ入る。しかも俺は所謂チンさむ状態。縮こまっている上に、みぞおちたりまで持ち上がってくるような感覚が波のように繰り返される。
俺はさっきまでの余裕の気持ちが失せていたことに気がついてた……
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