第32話 酒場 3
俺が女たちを品定め…… じゃなかった異世界の酒場を観察していたところを思いっきり見られた。話題を変えたいところだがサトミは言った。
「この私に使い走りをさせておいてのんびり酒場見学とはいい度胸じゃないか」
「大変だったんだよ。声をかけられて。サトミ目立つから」
「え? なにか侮辱されたか?」
「ううん。口説いてきただけ。あたしはあしらい方がよくわからないから助かったよ」
「そうか。悪かったな。買い出しお前らに任せっぱなしだった」
「構わないさ。おじさまは言葉通じないんだから。ちょっと食べ物を運ぶの手伝ってほしかっただけ。私も女だからな」
「わかった。気付けるよ」
そんなことを話しながら二人はビールのような飲み物エールをジョッキで三杯ともう一つジョッキに串焼きを何本か入れて持ってきてくれていた。
「「「乾杯」」」
早速乾杯をして飲み始めた。美味いっ!といいたいところだがまあ、正直冷えていないビールだ。ただ冷えていなくても不思議と飲みやすかった。なんとなく程よいパンの甘さみたいなものを感じる。それを焼き鳥のネギ間のように肉と野菜が順番に刺さった串焼きをつまみに飲んでいく。
しばらくすると気が付くことがあった。二人の後ろで通りすがりに例のポーズをして何やら言葉をかけ二ヤニヤ笑う奴らがいる。二人はハエを追い払うように軽く手を振る程度に反応を抑えていた。
どこにでもどうしようもない奴はいる。自分だけで自分の存在を確立できないからって、 自分の存在の軽さに耐えられないからって、人を貶めて自分に価値があると思いこもうとするやつら。そう言えばムカつく上司どももそんな奴らだった。
「腹も立つだろうが挑発には耐えよう。ああいう奴らはどうせぶっ飛ばしたところで逆恨みしてくるだけだ、反省なんかしない。楽しんでる姿を見せつけてやる方が効果的さ」
二人は頷いてくれた。
「よし。じゃあ俺が一発ガタイのいい奴と飲み勝負するからさ。それで注目集めて顔を売ろうぜ。そうやって知り合いを増やしていけばいつか信頼できる仲間ができるかもしれない」
「おじさま。その前にさっきいろいろ聞いたけどマイが言ってたのにおじさまが言わなかったことがある。忘れてた? もしかして隠してた?」
「え? いや、ごめん。さっぱりワケわかめ」
サトミの疑問にミケが答えてくれた。
「おじさまが言ったのはおじさまの世界でも身近な話だったんじゃないかな? マイは英語って言葉もいくつか教えてくれたんだけどね。おじさま」
少し間があった。そして二人はうなずき合った。それから叫んだ。
「「ファッキンジャップぐらいわかるんだよ! この野郎!」」
見事なユニゾン。二人の中指は天高く掲げられていた。
ヘイ、シスター。わかったよ。俺の後ろで通りすがりに英語を使うやつらが何かやらかしていやがったってことだな。
何やら叫んでこちらに向かってくる奴らがいた。相当頭に来たのか他の奴らを就き飛ばすような勢いでやってくる。しかも驚いたことに聞こえてくる声からは女もいそうだ。
マントに頭巾をかぶっているからどんな奴らかまではよくわからない。まあ中指立てて激昂する奴なんてメディアにはよくいるもんな。まあ、どうでもいい。俺がいた世界の英語圏からやってきたってだけだろう。
やれやれ……
一応叫んでみるか。日本語だけど。
「出会いが喧嘩を生むんなら、みんな死ぬしかないじゃないっ!」
聞くわきゃないっ、わな。
クソッたれ。今日は楽しく飲みたかったのに。
事情は生きて帰ってから後で聞けばいい。あいつらが侮辱されているときに大人ぶって将来のためだからなんて言い訳して何もしなかった俺が侮辱されたらあいつらは闘うって宣言したんだ。宣言してくれたんだ。
だが相手は危険な奴らだ。中指立てられただけで烈火のごとくキレるような奴らなんだ、やっぱりごめーんね。なんて言ったところで許されるわけがない。
一応二人に聞いておくか。
「日和ってるやついる~」
返事がない。二人の様子を見てみる。
両手を顔の前で交差させ爪を伸ばしているミケ。
「え? 何やってるんだ? ミケ」
「ごめん。癖になってるんだ。音を出さずに爪を伸ばすの」
え? どこの暗殺一族の末裔なの? っていうか、普通は爪を伸ばすときって音がするの? さっきから、コーホーコーホー、普通じゃありえない呼吸音を出し始めたんだけどなにやってるの。まるで殺人サイボーグのような冷たい微笑を顔に張り付けちゃってさ。
俺が心の中でミケに突っ込んでいると今度はサトミが声をかけてきた。
「おじさま。いざとなったら私が奴ら全員斬ってやるから安心してればいいさ。ミシェルに聞いたがこっちでは酒場でのいさかいは喧嘩両成敗でいちいち衛兵は出てこないらしいゾ?」
サトミはサトミで野球好きのギャングのボスがバットで部下に制裁を加えるかのようにようにブンブンと抜き身の刀を振り始めた。気が済んだのかサトミが檄を飛ばす。
「野郎ども! 仕事の時間だ。我らが我らであるために侮辱してきた異世界人どもにわからせろ!」
俺もテンションがあがってきた。 理性的だとか物分かりのいい、傍から見たらどうでもいい人なんかでいる理由もねえ。日本じゃねえんだ。 ここは異世界。しかも酒場だ、遠慮はいらねえ、やっちまおう。
俺は一歩前に出て二人を振り返った。ミケは言った。
「やっちゃいなよ、あんな卑怯者なんか! やっちゃいなよ!」
サトミも言った。
「おじさまの本気が見たいんだ。私は。奴らのお尻の穴から手を突っ込んで奥歯をガタガタ言わせてやれ!」
俺は自分の手のひらを拳に変えてじっと見る。
どうせ尻の穴に手を突っ込むんだったら女の尻がいいな。そんなことを考えながらポケットから出した竹を軽く握る。先頭に立つガタイのいい奴に突きをかますタイミングを計った。どうせ言葉でできることはもう済んだ。
さーて、出たとこ勝負だ。俺は気合を入れて奴らを見据えた。
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