第31話 酒場 2
なんとなく俺たちの間の空気が和らいだことで尋ねやすくなった。
「なあ、猿族はどうなんだ? 俺はこっちに来て日が浅いからよく知らんないんだよな」
「じゃあ、やってみせるけど怒らないでほしい」
「もちろん」
サトミがやってくれたのは大方予想通りだった、両手を顎と頭にのせて猿のまねをする。ただ整った顔のサトミが真顔でやっているのを見ると妙にユーモラスでかわいらしく思えた。
「な、な、なんだ、おじさま。何がおかしい」
照れくさそうに言うサトミに説明した。
「いや、サトミがやるとなんか可愛らしくてな」
「褒めてくれるならかわいいより綺麗といってほしいんだが」
「わかった。綺麗だよ」
俺は夕焼け照らす海の見えるバルコニーでたたずむ俺たち。そして俺の傍らには猿のまねをするサトミ。そんなイメージが浮かんできて笑いだしそうになるのをこらえるのが大変だった。
そこへミケが割り込むように尋ねてきた。
「ねえねえ。そんなことよりおじさまがいた世界ではどうだったの? 悪気がないのにマイやこれから知り合うかもしれない日本人に失礼なことをしたくない」
思い出しながら頭に浮かんだことをつらつらとしゃべってみた。
「う~ん。そう言われるとあんまりはっきりしたのはないなあ。程度の強い順で言っても…… 人差し指を顔の横で回して手を広げる、相手に尻を向けて尻を叩く、指で涙袋を下げて舌を出す…… まあでも子供がやることだし…… あ、思い出した。これは脅し文句なんだけどな。ケツの穴から手を突っ込んで奥歯がたがた言わせてやる、なんてな。面白いだろ?」
ふと様子を見ると二人とも両手で尻を抑えていた。怯えた目で俺を見ている。
「わ、わ、私たちの裏切者への制裁でもそんなことはしない。それを面白いだなんて……」
「獣をばらすことは慣れているけど、人にそんなことして面白いだなんて……」
「あ、いや、ちがうんだ…… これは……」
二人は顔を見合わせて言った。
「「恐ろしいおじさま……」」
「いやいやいや。お前らだってそれなりに恐ろしい子だぜ。男は血にまみれてるようなのがいいんだろう?」
「まあ、返り血を浴びた男は恐ろしくもあるが気高く美しくもあるからな」
「そっか。サトミの周りじゃ戦士がいっぱいいたんだろうしな。でも俺の世界じゃそんな男そうそういないからなぁ」
「そうだろうね。あたしの村では大人になる儀式で若者と大人の男の人が拳闘で闘うんだ。基本あたしは頭がいい人がいいんだけど闘っている男の人の魅力は否定できないよね」
「まあ、ミケが言うような競技はあるけどな。俺には程遠いな。あ、とうとう着いたな。明かりが扉の隙間から漏れてる。あそこだろ? 酒場。盛り上がってそうだな。何を言ってるかまでわかるのか?」
サトミは言った。
「ああ、盛り上がってるよ。みんな楽しそうだ」
「おお、良かった。お前らの夢のためにも顔を売っていこうぜ」
楽しく盛り上がってるならいいな。若いころ初めて飲み会に参加した時に牛乳を飲んでアルコールから胃を守ろうとしたことを思い出した。楽しみだったなぁ。顔がほころぶ。明るいことが頭に浮かぶ。
せっかく三人で初めて外で飲むんだ。軍資金も心配ない。こうやって顔見知りを増やしていつかはサトミやミケの夢を叶えるための仲間もできるかもしれない。
俺たちは酒場の扉を開けた。煙と雑多な匂いと人いきれ。松明がところどころでたかれている。暗いと感じたが目が慣れてくると夏祭りで露店をめぐっているような明るさに感じられる。
広さはビアホールを思わせるほどで天井も吹き抜けになっていて高い。もちろん日本の通勤ラッシュとは比較にならないがテーブル席は埋まり、席からあぶれた奴らはそこかしこで立ち飲みをしている。
混み合っているなかで松明もたかれているということはどこかに空気が流れて行っているのだろうが、分煙が行われている日本の居酒屋と違ってキセルやパイプを吸ってるやつらが当たり前にうろついているから煙がすごい。
あと広さには正直驚いた。元々何か人を集める施設だったのかもしれない。見上げると欄干というのか体育館の二階席みたいな通路がホールを囲うようにぐるりと渡らせてある。そこから白い服を着た女たちがこれまた気だるげに欄干に身を預けて下界をぼんやりと眺めながらキセルから吸った煙を吐き出している。
ざっと見まわしてみるとスペースの半分はテーブル席、残りが立ち飲みスペース。立ち飲みスペースにはテーブルすらない。みんな片手に素材や形がまちまちのコップやジョッキと片手になにやら喰いものかパイプを持っている。
飲み物や食事はカウンターで注文して物を受け取り代金もそこで支払う。あとは勝手にしろとばかりだ。
壁に掲げられた黒板のメニューから察するにテーブル席へ行くにはやはり金が物を言うらしい。そして、テーブル席のほうでは女たちが食事や飲み物を運んだり隣で話し相手になったりしている。
まあ、キャバクラ的な感じで密着しながら談笑している。そこから恋愛に発展したら二階の個室へゴーというシステムのようだ。
そしてから気怠そうにこちらを見ている女たちも恋愛を終えたばかりなのかこれからなのかわからないが酸いも甘いも知った女たちの色気が漂っている。
「そろそろ、また、もてなされたいなぁ……」
俺がふと視線を感じて振り返ると買い出しを頼んでいたサトミが目の前に立っていた。サトミは二ヤリと笑うと言った。
「わたしも使い走りで疲れたからおじさまにもてなされたいなあ」
「にゃるほどね。これくらいがおじさまの回復期間なんだね」
俺は顔を赤らめながら、他人に背後に立たたれたがらない凄腕スナイパーが何故他人に背後に立たれたがらない気持ちに思いを馳せていた。
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