第29話 真相 2
マイは言った。
「まあ、うちらのほうには勇者教が来るって情報は降りてきてたの。もともと。それでね、親善試合も申し込まれててこの状況利用できるかもってのはミシェルと相談してたんだ」
「うん」
「そこにおじさんが持ってきたゴブリンで盛り上がってるの見たり勇者教のキルモンが浮いてないの見て、タイヤ使ってるのかなぁ、って。それってことは勇者教にも日本人村みたいなバックが付いてるんだって思ったらとにかく何かしなきゃってことで速攻でミシェルにメイクして別人っぽくして行商人の子にお願いしたってわけ。ほら化粧をしたミシェルって見た人あんまりいないから」
「そうか」
「そういえばゴブリンは高く売れた?」
「ううn、盗まれちゃってたね」
「嘘? ごめん。うちら門のそばに置いてったんだけど……」
「別にあたしたちは気にしてないよ。それより相談って?」
「砂糖の販売を始めるにはどうしたらいいかって」
「え? 始めればいいじゃないか」
思わずマイとミケの間に割って入ってしまった。
「いや、おじさんさあ……」
「な、なんだよ?」
「続けていけるようにするってのが大切なわけ、事業って」
「それくらい俺だってわかるけど……」
「それがわかっててなんでわからないなかなぁ。質のいいサトウキビとかテンサイとかどうするの? どこの土地でだれが育ててだれが運んでだれが砂糖に加工してだれが砂糖をここまで運んでくるの?」
「まあ、確かにそうだけど。そんなにスィーツ食べたきゃ日本人村から仕入れればいいんじゃないか?ちょっとお高いのかもしれないけど。アップルパイの材料は手に入ったんだろ?」
マイの怒りに火を点けてしまういいかただった。もちろん望んでそうしたわけじゃない。だがマイの物言いにカチンと来てしまったのも本音だ。俺のサラリーマン時代を無駄と言われた気がしてしまった。
だが先に決壊したのはマイの心のダムだった。これみよがしにため息をついてみせると捲し立て始めた。
「あのさあ、この世界でスィーツなんて売ったら絶対人気になるに決まってるじゃん。うちらがやらなくったって絶対そのうち他の誰かがやるよ。だけど日本人村もギルドも全然動かないんだもん。積極的な介入は避けたほうがいいんだって!」
「それが悪いのか?」
「悪いよ! だったらあたしが頑張るしかないじゃん。普通の人でも手軽に買えるような値段で売れるようにしなきゃじゃん! こっちに来た人ってみんな自分の好きなことやってこっちの人のことなんて考えないしさぁ」
「否定はしないがそんなもんだろ。みんな人のことに構う余裕はない」
「でしょ? だから私がやろうっての。ちょっと考えても見てよ? 他の誰かが先に砂糖に手を出したとしてさ、食べちゃった人たちが砂糖の味忘れられると思う? うちらがいた世界でだってなんでも最初は無料で配ってハマった時には高く売りつけてんじゃん!で、 結局みんなそれが欲しいから必死で働くんでしょ? それって奴隷じゃん。違う? どうせおじさんだって社畜だったんでしょ? 違う?」
「いや…… 違わない……よ」
マイは肩で息をしながら唇を震わせて俺を見ている。瞳は見開き潤んでいる。俺は黙ってまっすぐ視線を受け止めた。語りだすまで待つことにした。マイはコップの水を少し口に含むとつづけた。多少落ち着くかと思ったが彼女の言葉の、いや心の奔流は止まらなかった。
「日本どころか世界中でダイエットに苦しんでるじゃん、みんなさあ。おじさんだってタバコやめるの大変だったんでしょ? 私だってここまで痩せるの苦労したんだよ? だから砂糖なんてないほうがいいかもしれないとも思ってるよっ! だけど、うちらがやらなきゃ誰かがやっちゃうんだよ、いつか絶対…… だったらうちらが先に美味しくてヘルシーなのを安く作って他の人たちが手を出せないようにするしかないじゃん!」
「そうか…… ギルドと日本人村の危機感を煽るためだったのか……」
「そうだけど? 悪い」
「いや……」
俺はかつてマイに公開処刑を見たほうがいいと言われたことを思い出していた。身分によっては露店の果物ひとつ盗んだだけでも公開処刑される。民から搾取して贅を尽くす権力者の罪など問われることないことは日本と同じだが、司法が機能している分、命の重さに雲泥の差がある。
マイの焦る気持ちは共感できるが信頼を損なうやり方でもある。上手く伝えられるだろうか。おっさんに頭ごなしに指摘されても反発を招いてかえって意固地になるのがオチだ。
「いや、悪くない。むしろそこまで考えてたなんて尊……リスペクトするよ。俺には出来ない」
「無理に合わせなくていいから」
「そっか。お前の爪の垢を呑ませてもらいたいところだよ」
本音だ。俺はマイのように社会のために仕事をしようなんて本気で思っていたのは入社してからどれくらいの期間だったろう。気が付いたらは将来の展望も社会への貢献も考えることなくいいように奴隷化させられていた。
「きっしょ…… ま、言いたいことはなんとなくわかるけど」
マイの顔が和らいだ。いつの間にか立ち上がっていたことに気が付いたのか照れくさそうな笑顔を浮かべる飲み物を手に取り飲んだ。座りなおす。
「紅茶だってね。茶葉を運ぶルートが戦争で使えないからどんどん高くなると思う。ほんと考えなきゃいけないこといっぱい」
「まあ、こんな俺でも一応はタイマンでキルモンを倒した冒険者だ。仕事があったら気軽に依頼してくれ」
「私のおかげでしょ?」
「はは、おっしゃる通り。今度もまた頼めるか」
「うん、また今度ギルドに来て。情報くらいは集められるから」
「ありがとう。なあ、俺たち今日は酒場で飲むけど一緒にどうだ?」
「ううん、今日は他にもやらなきゃいけないことがあるから。それにまだ十六だよ。私」
「わるい、大人扱いしちまった。じゃあまたいつかな」
ミケがマイに言った。
「あたしはね。利用されるのは大っ嫌いだけど協力するのは嫌いじゃないよ。だから他の人には言わないでおくね」
そして、ミケはパイをぱくっと咥えた。それからはあっというまに残りを口の中に入れてしまった。
「ありがとう。リンゴは本気で調べられたら日本から仕入れたリンゴってバレると思ってビビってたんだ」
「うん、こんなリンゴ食べたことないもん。それにおじさまが美味しがってるってことはおじさまの口に合うってことだから日本が関わってるのかなって思った」
「そっか。そりゃ合うよね。ありがとう」
「ああ、そうだ。次はピーチパイを頼めないか。二人に食わしてやりたい」
忘れないうちに伝えておきたかった。
「時間かかるよ いい? 砂糖は一度にたくさんは持ち出させてもらえないから。少しずつこっちで貯めないといけないからさ」
「ああ、いくらでも待つよ」
「楽しみにしててね」
マイの笑顔に胸をなでおろした俺たちは別れを告げて部屋を出た。途中思いついてミケに尋ねた。
「なあ、もしかして全部わかっててマイの芝居に乗ったのか?」
「さぁ? どうだろう。あたしの心の中を推理してみる?」
ミケの悪戯っぽい笑顔の上で蝋燭の揺らめく炎の光と影が絶え間なく行き交っていた。
「ところで今日はおじさまのおごりって忘れてないよな?」
サトミが俺の肩に腕を載せてきながら顔を覗き込んでくる。だんだん輩っぽくなってきてないか? 俺は思わず陽気で社交的なビバリーヒルズの高校生のように言った。
「まかせといて。君のためにいいものを用意してあるんだ」
俺は駆け足で引き返しミシェルに預けていた金を少しばかり返してもらった。俺に金の入った袋を渡すときミシエルは言った。
「はい、みんなのわんこ君」
「わん、わん、わん」
「ははは。おじさんは…… え~と、グルーヴィ? がいいですね。私、気分はノッています」
「かっこ付けなきゃなんてもう思ってないからね」
俺は素直に笑顔ではにかんで見せた。するとミシェルは首をかしげて俺を見ている。
「ン? どうした? 何見てるんだ?」
「なぜなら好きです。好き、故に見てます。よくないですか?」
「え?……」
戸惑った。だが確認しなくちゃ。その好きがライクかラブか。
「あ、心配、よくないです。もちろんライクです。ラブではなくライクです。これ、気まぐれ、違います」
俺はずっこけそうになるのを抑えて微笑んだ。
「あと、わたしは日本のオリジナル、ラブです」
「ん? もしかしてオリジナルじゃなくてオレンジじゃないか?」
「おお、そうです。オレンジでした」
「そうか。俺も好きだよ」
俺たちは微笑みあった。ミシェルは咳払いをすると言った。
「気を付けてください。酒場。売られています。喧嘩。いるんです。殺される人」
「わかった。ありがとう」
俺は夜風が俺の頬をなでる。今日は今日の明日は明日の風が吹く。マイのことを少し知ることが出来て俺の気分はノッテいる。喧嘩に巻き込まれたら逃げてねぐらで飲めばいいだけだ。それより彼女たちと共に過ごせる時間をグルーヴィな気分で楽しもう。
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