第28話 真相 1

 俺たちは広場を後にしてぶらぶらと街を散策した。そして、頃合いを見てギルドに戻った。ロビーで酒場が開く時間まで待ってたところにマイたちが建物の奥から現れた。ギルドの上層部に状況を報告していたらしい。俺たちは奥の部屋に通された。相変わらず明かりが蝋燭しかない日本人の感覚だと薄暗い部屋だ。こうして蝋燭の炎を見ているとなんとなく秘密めいた話をしたくなる。


 マイとミシェルの話によるとアップルパイは農村から行商に来ていたマイと同世代くらいの娘がレストランに持ってきたらしい。マイたちがアップルパイの存在を知り慌ててメイドたちに確認するとこの娘と引き合わされた。行商人の娘としてマーロンに入っていた少女は見知らぬ女たちからアップルパイをレストランのある屋敷まで運ぶよう依頼された。


 娘は多少警戒したが前金も支払われたことや女たちが首のないゴブリンを乗せた大八車を引いていたことから信頼できると判断した。デカブツゴブリンを倒して街に持ち込んだ冒険者がいるという噂もすでに聞いていた。


 屋敷の大きさに腰が引けて娘が門の前をうろついているところをメイドの一人が見つけて話を聞いたとのことだった。受け取ったメイドは娘の言う金額をマイに払ってもらおうか迷った。勝手に追い返したり食事の邪魔をしたら叱られるかもしれないと不安になった。とりあえず行商人の娘を待たせておくことにした。厳重に封がされた箱を開けると中からパイが現れ、こんな美味そうなものはサイハーテ家でしか作れないと納得して給仕した。ということだった。


 そしてマイたちからその話を聞いた日本人村からマーロンに来ている駐在員のような役割をしている者はマイたちと再度レストランに同行しメイドたちから直接話を聞くとその情報を日本人村に持ち帰って今後の対応を決めるとのことだった。


駐在員は勇者教とは限らず何らかの勢力の者が行った偵察活動と見たようだ。自分たちが何者かは知られることなくお前たちが別の世界から来ている存在だと知っていると伝えることで日本人村が異世界への介入に対してどのような姿勢か見極める意図があると考えたらしい。


この異世界で自分たちと同等以上の勢力が現れた時に日本人村は争いを避け介入を縮小していくのかそれとも勢力範囲を奪われぬようにより強く介入していくのか、はたまた判断を先送りして現状を維持するのか。明らかに他の勢力が現れた時の行動から見定めようというわけだ。


 まあ、そのつもりがあればアップルパイなどとっくに配ってるということだ。砂糖を知らない世界で砂糖菓子を配ったらそりゃ人気者になれるのは間違いない。だが先方も日本人村が強く反発してくることを警戒し、まずは出方を窺うというところなのだろう。 


 しかし、たかがアップルパイひとつで上に下に大騒ぎだ。これを仕掛けたやつは相当頭がいいに違いない。


  ミケの言う通りアップルパイに関しては俺たち三人にできることはなかった。せいぜい、竹の歯ブラシをたくさん作って売ろうかななんてことをぼんやりと思うばかりだ。さて、あとは親善試合を無事に乗り切ればそこで終わり、だ。


「さて、あとは親善試合だな。バタバタしてけど何か情報は掴めたのかい?」


俺が尋ねるとミケが言った。


「あ、おじさま。その前にあたしから一ついい?」


「いいよ」


 全員がミケに注目した。


「このアップルパイ日本人村の人に見てもらってもいーい?」


ミケが懐から包みを出してそれを広げた。そこには食べかけのアップルパイ。


「な、な、な、なにが言いたいの? ミケ」


壊れかけのCDみたいなマイの声。燭台の蝋燭の明かりしかなくてもわかった。マイとミシェルが目を見開いている。


「なんだ? どういうことだ? わかるか? サトミ」


「もちろん。まあ、そう焦らないで。おじさま。ここはミケの見せ場なんだ。おとなしく話を聞こうじゃないか」


 あ、こいつ絶対わかってない。ま、俺も人のこと言えないけど。ミケが言った。


「これだけ美味しいものを出されたら人はすぐに食べちゃうよね。実際マイとミシェルが残したものはメイドさんたちで分けて食べちゃったよ」


「あ、いや、美味いのにさ。二人とも残して出ていくからいらないのかなって…… もったいないし毒もないってサトミが保証してくれたし。なあ、サトミ」


「ああ、みんな美味いゾって表情(かお)してたよ。二人の残したものはいい仕事をした。あとで食べる気だったのなら、すまん」


俺とサトミは心ち頭を下げるような恰好でマイとミシェルを見た。


「そっか…… 美味しかったんだ……よかった」


マイはミシェルに言った。


「ごめんね。全部食べさせてあげられなくて」


「いいえ。また機会、ありますよ」


「うちら顔に出ちゃったね。ミケにはバレてたんだ?」


「それはこれからはっきりするだろうね」


「ギルドの上の人たちも日本人村のの人たちも全然疑わなかったよ? まあ、使ってるリンゴが日本人村から仕入れたものだってばれるかもしれないからさ。アップルパイを日本人村の人に見せられないからメイドさんたちのリアクションに賭けちゃったんだけど」


「まあ、おじさまたちがメイドにあげなくても彼女たちはあれが残されてたら絶対に食べたろうからね。マイの計画も素晴らしかったよ。あたしのことを良く知らなかったのが惜しいところだね」


「そっか。人を見る目はあったつもりなんだけど修業が足りないなぁ。私」


 そう言うマイの顔は和らいでいた。ミシェが尋ねた。


「姫、ちとはすっきりした?」


 マイが答えた。


「した、した。やっぱり人を騙すのって気分良くないモン。誰かに見抜いてほしかったのかも」


「え? なんの話だ? だれが何をしたんだ? いつ? どこで? 地球が何回回った日?」


「まあ、おじさま。落ち着いて。地球を回すのは陽気なギャングにでも任せてお茶でも飲んで」

 

俺はミケの言われるままにお茶を一口飲む。吹き出しそうになってしまった。紅茶かと思っていた。麦茶っぽくて意表を突かれてびっくりした。子供のころに夏の夜中寝ぼけ眼で冷蔵庫から麦茶のつもりでめんつゆを取り出してうっかり口に含んでしまったことを思い出す。


 まあ、たしかに紅茶はまだ高級品で貴族クラスじゃないと飲めない。お茶をふるまってくれるだけでもありがたいことなんだろう。アップルパイと紅茶をセットにしたらよりお互いを引き立てそうだ。

 

「しかし、いったいどういうことなんだ」


「にゃあに、マイはマイであたしたちみたいにギルドの門が開くのを待つ行列のなかにいたんだろうなってだけ。そこでキルモンを見て一芝居思いついたってとこじゃないかな?」


あの慌てっぷりが芝居だとしたらマイはマイで恐ろしい子だ。


「そ。普段はマーロンの中に家があるんだけど、おじさんを食堂に招くつもりだったからいい食材を売りに来ている行商人がいるかもなって」


「アップルパイは元々ミシェルに上げるつもりだったのかい?」


「うん。二人で食べるつもりだったんだよね。私の手作り。これでも食堂に顔がきくから自由にキッチンを使わせてもらってるんだ。調理法は秘密厳守だから現地の人はどこで作っているかも知らないしね」


「にゃるほどね」


「おいおい、二人で納得してないで教えてくれよ。えっとなんだっけ。あそう、そう。動機だ。動機。動機は?」


「それはマイから教えてあげて。気持ちなんて自分でもはっきり言葉にできないこともあるけど」


「そっか、そだね……うん、まあギルドと日本人村にガツンとかましたかったわけ。なんかのんびりしてるから」


やばい、全然意味がわからん。いや慌てずに説明を待つか。


マイはしばらく何か考えているようだった。大きく深呼吸をした。蝋燭の火が揺れた。しばらく言葉を待った。そしてマイの口が開かれた。

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