第27話 調査結果 2
やがて俺の耳にも楽しげな音楽が聞こえてきた。通りを 進んでいくうちにいい匂いが漂っている大広場に出た。屋台が取り囲むように並んでいる。大広場の一角で蟹のスープを振舞われていた。しかも大蟹はそこに飾られていてその場で身を削り取ってスープを作っている。受け渡し場所では長い行列ができている。
しかも、器まで勇者教で用意していたらしい。勇者教のシンボルなのか何かデザインされたマークが刻まれたかぼちゃを上下に2つに割って上側を蓋にした器だった。それだけでも入念な下準備が行われていたことが窺えた。
俺はマークとかエコなイメージよりも海の生物の名前のファミリーが中から飛び出てきそうな、そして独特のリズムで手を振りステップを踏みこちらに近づいてくるイメージを感じる自分に染み付く文化の強烈さを感じていた。だって、あれ…… ちょっと怖いよな。
勇者教は蟹のスープを気前よく配っている。しかも驚いたことにそれをしているのはキルモンを引っ張っていた奴隷たちだった。しかも朝とは打って変わって元気に明るく声を出している。
どうやら奴隷ではなく修行中の信者だった、というオチだ。キルモンを操縦していた奴らも鞭打っていた奴らもいる。ハリウッド映画の主人公のような活躍する俺、みたいな妄想も多少はしていたがバイオテロを防ぐために奔走するようなことにならなくてよかった。実行されたとして俺に防げたかは正直自信がない。
ミケがいろいろ聞きだしてくれたところによると彼らはサトミが言ったようにほとんどが兵士として戦っていたらしい。しかし、負けて勇者教の教えを受けて改宗したとのことだ。洗脳なんかを疑ってしまうが俺には確かめようがない。
あと驚いたのは殺された爺さんは彼らに言わせると救済されたと考えるそうだ。現世で充分修行を積んだ彼の魂は神の用意した美食と美女に癒され今度はさらによい環境の下に生まれ変われると信じている。
キルモンを操縦している奴らも鞭打つ奴らも何度か生まれ変わってよりご立派になったってわけだった。まあ前世で頑張ったから軽めのチートをいただけるってことか。
キルモンを引くやつ、鞭打つやつ、キルモンに乗っていた奴、他にもいろいろ階級があるらしいがすべて前世の行いに起因するとして受け入れているようだ。来世は良い人間になれて良い暮らしができることを夢見てあんな苦行を行っているらしい。
「でもよかったな。街で病気を広めるなんてことじゃなくって」
サトミに言ってみた。
「ああ、誰にでも間違いはある。ミケも私もおじさまも。な?」
サトミが言った。俺とミケは目があう。何やら奴隷について詳しそうなことをさんざん言っていたのはサトミだ。もちろん俺も見た目で奴隷と決めつけたしミケもそうだろう。
まあ、サトミは実際詳しいのだろうし、サトミが違和感を感じていた時点で他の可能性に思い至らなかった俺がサトミを責める気にはさらさらならない。ただこうまで切り替えが早いのがうらやましくなる。俺は何事も引きずってしまいがちだ。
広場の中央あたりでは音楽に合わせて唄や踊りを交えた芝居が披露されていた。楽器は貴族のオーケストラが使っていたような高そうな楽器だ。勇者教の支援者が俺と同じ世界から来たのかどうかはわからないが資金は潤沢なようだ。曲もどこかで聞いたような曲。音楽の発展上この世界で自然なものなか、それとも勇者教のバックの奴らが文化的な支援もしているのかは俺には判断できなかった。
周りを囲んで観客がひしめき合っているところを見るといずれにせよ評価はよさそうだ。少し離れたところでは何かの文字が書かれた黒板を掲げているものがいた。行き交う者たちに声をかけている。芝居をしている者たちとは違っておそろいの貫頭衣を着ている。
俺たちは蟹のスープを啜りながら芝居を見ていた。スープに異常はない。美味い美味いと啜る二人に比べて生卵を落としたいだの塩気が足りないとか思う俺はこちらでは贅沢者なのだろう。あー、米…… 寿司、喰いてぇ…… 威勢よく人に寿司を勧める歌を口ずさみそうになる。
そんなことを考えていたこともあって、芝居を見始めても言葉がよくわからない俺に話の筋は入ってこなかった。人込みから離れたところでミケが説明してくれた。勇者が何故神の助力を得て、何故勇者の元に配下が集い、どのようにして魔神をあがめる邪教の輩から民を救ったか? そして、にもかかわらず時の権力者に迫害され、自らを犠牲にして民を護ったということが語られているらしい。
しかも、その為政者は民衆から抵抗されて別の為政者に取って代わられたらしい。
なにそれ? どこの追放系ザマァ系?
勇者教に恨みを持つ二人は見ていてどう感じたんだろうか。どこかでその恨みや怒りから解放されないとつらいだろうと思う。だが彼女たちは誰にその恨みをぶつければいいのだろう。
「どうだった? 二人とも真剣に見ていたみたいだけど」
「まあ、よくあるひな形だよね。ただ物語に慣れていない人は楽しいだろうね」
ミケが言う。
「そうだな。ただ演じている役者たちは闘いに慣れていないみたいだ。元々兵士じゃないのかもね」
「そうかもな。でもなんでわかる?」
「剣の扱いに重みが感じられないんだ。それに剣はあんなにキンキンキンキンと刃を合わせるもんじゃないからな。それがらしさだと思ってるなら、ね。まあ見せる動きと実際の動きは違うとは思うけど……」
サトミは続けて言った。
「みんながみんな人殺しじゃないってわけだね」
「そっか…… お前らにいやなことを思い出させちまったな。悪かった」
「気にしないでいい。おじさま。もともと忘れたことはない。ただ誰かといると気が軽くなるしその誰かがおじさまでよかったよ」
「うん。あたしも」
「そっか。わかった。試合では絶対に勇者教の選手を倒してやるからな」
「ああ、ぶっ殺せと言いいたいろこだけどな。戦意を失わせるまで、いや死んだほうがマシだと思うまで痛めつけてやればいい」
「うん。生きたままメっタメッタのギッタギッタのバッタバッタにして。殺しちゃうとおじさまを悪者にしてまた物語作って結束を強めちゃうから」
恐ろしい子たち……
でも彼女たちの気持ちは推し量るしかない。ここにいる信者かどうかは別にして勇者教のキルモンに家族や仲間を殺されたのに何も出きないでいるんだ。
ぶっ飛ばすことで積年の怒りを相手にぶつけることが出来た挙句にここでこうしていられる俺は恵まれている。今となっては卑劣なパワハラセクハラ上司どもの顔も名前もあやふやになってきている俺がおそらく一生拭えないであろう記憶を持つ二人のためになにができるえだろう……
俺は思わず駆け出した。
「ギブミー! カニスープッ!」
蟹汁を配膳していた信者は、彼にとってわけのわからないことを言う俺の突き出した器にスープをよそってくれた。とても穏やかな笑顔だった。思わず笑顔を返してしまった。
でも、こいつ、サトミやミケが牙や爪を見せたらどんな顔をするのだろう?
たとえば、勇者教のキルモンとの試合終了二十五秒前、観客(みんな)があきらめかけているころに俺がバンブーショットを決めた時のサトミとミケの顔のようにはならないんだろう。
ん? ところでバンブーショットってなんだ?
自分で言っててワケわかめ。
あ、また、俺の脳内に海の生物の名前一家が来たりて迫りくる。
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