第26話 調査結果1
俺たちは早速もとの服に着替え調査を開始した。もちろんあくまでも盗まれたゴブリンを探しているという体(てい)で行った。
結論から言うとデカブツゴブリンを買い取ったのは職人ギルドだった。抱えている様々な工房に割り振ったらしい。ときどき見かける行商人から普通に持ち込まれたそうだ。顔見知りだというからそこからたどって金を取返してもらうことも考えた。
しかし自分でも甘いとは思うが行商人が年若い少女と幼い兄弟たちだと聞いて気持ちが萎えた。サトミとミケも同意した。また狩ればいいとあっさりと受け入れた。それよりも怒りに我を忘れて周りが見えなくなったことを反省していた。
それと商人や職人のギルドにも少なからず日本人がいるということがわかった。久しぶりに日本語で話せて嬉しいと言われた。そういった男たちの中にミシェルを通して依頼したたこ焼きようの鉄板を作ってくれたという男もいた。不思議なもので冒険者と職人や商人と選んだ仕事は違うが異郷の地に俺と同じような道を選んだ者がいると思うとなんとなく力が湧いてくる。社交辞令だがいずれ飲もうと話した。
商人ギルドや職人ギルドを回り終え一安心した俺たちは冒険者ギルドに戻ることにした。気分転換も兼ねて観光がてらぶらぶらと歩いて戻る。それに勇者教が怪しい動きをしているなら、いざというときマイやギルドの連中がすぐに動けるように馬車はできるだけ空けておいたほうがいいだろう。
俺たちにできることは限りがある。変にしゃしゃり出たって引っ掻き回すだけだ。冒険者ギルドや日本人村だって動いている。それにマーロンはキンドラン王国の街だ。普段からは治安維持のために馬に乗った兵数名が何組かに分かれてうろうろしているんだ。国だって動くだろう。
三人でそんなことを話しながら歩いていると突然サトミが言った。
「おじさま。蟹だぞ。蟹。蟹の臭いがする。言葉も忘れて蟹を喰おう。蟹を喰らう、ゆえに我らありだ。なあ、あっはっは」
俺の肩を組み豪快に笑う。なんかときどき俺よりおっさん臭いことを言うのは海の男たちに囲まれて生きてきたからだろうか?
「いや、でもあいつらが獲った蟹だろ? 何か入っていたらどうする?」
「おじさま。そんなこと言ってさっきのアップルパイとやらも美味い美味いと全部食べたじゃないか。ミケも全部食べただろう?」
「ううん。少し残してあるよ」
「しまった、私も残しておけばよかったな」
「まあ、勇者教じゃなくてもマイに頼めば手に入るかもな。あとで頼んでみよう」
「ああ、頼むぞ。まあ、もし蟹汁に毒が入っていたら私の鼻が見抜く。安心しろ。それにそんな毒入りのものを振舞ったら民の間ですぐに噂が立つ。奴らはそんな間抜けじゃないだろう?」
「そりゃそうだな」
「彼らが蟹を振舞うのは人々を虜にして自ら勇者教のために仕えさせたいからだよ。あたしたちは美味しいところだけいただいて鼻で笑ってればいいさ。それに楽しい音楽も聞こえてきてるでしょ?」
ミケも俺の肘を引っ張りながら言う。
「そうか? 音楽が聞こえてきてるのか? 俺もおっさんだからな耳が遠いのかもな」
「よし急ごう。奴らが何も知らない人々を虜にする前に蟹を喰いつくしてやろうじゃないか。それに蟹は……」
「美味いゾっってな。ああ日本の料理が喰いたくなってきちまった」
ミケが言う。
「おじさまの世界は食べ物があふれてるんだね。あたしは腐ってるものも食べちゃったことがあるくらいなのに」
「そうか。いざとなったらそうしなきゃ生き残れないか。俺にできるかな?」
「できるよ。日本の書物で見たよ?燃えカスしか残ってなかったから一部しか読めてないけど」
「へえ、どんな書物だ」
「漫画でさ。泥饅頭を『おらぁ、こんな美味いもの喰ったことねえだ』って喜んで食べる子供見たよ。おじさんだってやればできるよ」
ミケはあくまでも真顔で言う。どこの恐ろしい子のことを言ってるのかよくわからないがすごい自信だ。
「わかった。確かに飢えを知らないからな、俺は。飢えを知ってる人とは感覚が違うんだろう。俺も贅沢は言わない」
「さすが、おじさま。素直でよろしい」
「あ、そうだ。ちゃんと歯を磨けよ。甘いもの喰ったんだから。あ、俺、竹で歯ブラシ…… 歯を磨く道具な。作ったんだ。お前らのも作ったんだ。使うか?」
子供の歯磨きをしたことが思い起こされた。泣かれて大変だった。心を鬼にして磨こうと思ってもなかなか出来ないものだった。もう自分で磨けるだろうが虫歯になってなきゃいいが…… っていまさら俺が心配してもしょうがない。
「ありがとう。でも大丈夫だ。ちゃんと自分で用意してる」
「うん。あたしも。足りなくなったらお願いするよ」
なんか寂しい。いつか二人とも俺の元から離れる日が来ちゃうんだろうな…… もし俺が離婚してなかったとしてもあの子もいずれ俺の元から卒業してたんだろうし。だったらせめて今作れる楽しい想い出をいっぱい作ろう。
「よし、気合い入れてたくさん食うぞ」
「「おー」」
「ビリっけつはさっき見つけた酒場でおごりっ!」
「負けないよっ!」
そう言ってサトミが駆けだした。ミケも風のようにそれに続く。俺も続いた。二人の背中を追いかけた。視線が下がってしまう。重量感がそのまま存在感につながるサトミの尻とマントで隠れているが小さいながらもプリンっと持ち上がった張りのあるミケの尻があるであろう場所が目に入る。
走りづらくなってしまった俺の身体。追いつくのをあきらめ小走りに二つの桃を追いかけた。ビキニ姿の天女たちと戯れに桃源郷を駆けていく。そんな白昼夢のなか揺れる桃だけが俺を導く。
うん、リンゴに飽きたらピーチパイ。
おせちやカレーが食べたくなってきてしまった……
やっぱり食文化の影響は大きい。
人を魅了する手段の一つとして胃袋を掴む、なんてことを言うが確かに有効だということを実感していた。
ふと思った。
思い返せば俺はあの女の手料理を喰ったことがあっただろうか、いや、うん、思い出せないだけだよ、思い出せないだけ。だって真実はいつも一つなんだから…… スン……
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