第25話 デザート2
俺たちが部屋を出るとマイの指示なのかメイドが待ち受けていて別の部屋に通された。メイドが部屋を出て行く。サトミが切り出した。
「マイが言ってたんだがさっきの食べ物はかなり重要なものらしい」
ミケが補足する。
「それで二人は様子を確認しに行ったんだ。あとで迎えの馬車もよこしてくれるしお金の心配もいらないからは好きにしててって」
「え? 俺食ったけどなんともないぞ? 普通のアップルパイだったぞ?」
「うん。おじさんはあれに詳しいみたいだからいくつか質問していいかな?」
「ああ」
「あれはすごく甘かったよね。はちみつなんかよりもずっと。おじさまは何が使われていたかわかる?」
「砂糖だろ?」
首をかしげるサトミの顔を見て説明した。
「そっか。こっちには無いのか。見た目が塩にそっくりの甘い調味料だ」
「にゃるほど。あれは身体に悪いものなの?」
「摂りすぎるとな。でも調味料なんてなんでもそうだろ?」
「具体的にどんな悪いことがあるの?」
「食べたあとにちゃんと歯を磨かないと歯を悪くしたり太って身体全体にいろいろ悪影響がでるな」
「日本でなら治せるの?」
「早めに手を打てば大体」
「じゃあ逆にいいところは?」
甘い缶コーヒーをよく飲でいた頃のことを思い出した。
「一時的だがちょっと元気がでる」
「にゃるほどね。じゃあそっちはマイにまかせて迎えの馬車が来たらあたしたちは職人や商人のギルド見学にでもいこうか」
「え? 」
俺の戸惑う声にミケは言った。
「にゃあんだ。賢明なるおじさまになら説明を省けるかと思ってたのに」
「いや、わからないよ。なあサトミはわかるのか?」
「わかってるよ。ただおじさまも自分で考えたほうがいいんじゃないかな」
そう言って明後日のほうに顔を向けた。
うわっ! 絶対わかってない奴の言うことだよね? それ。
まあいいか。俺が恥をかけばいいんだ。素直に聞くか。
「教えてくれ。さっぱりわけがわからない」
ちらりと見るとサトミもウンウンとなずいている。
「にゃあに、簡単な推理さ。あれだけマイが慌ててるなら相当切羽詰まったんだろう。だがあの食べ物自体が危険というわけでもなさそうだ。だったらマイを慌てさせたのはあの食べ物に込められていた意味だ」
「なるほどねぇ…… で、それで?」
「意味なんて言葉で伝えればいいのになぜそんなことをしたか? ってことだね」
「ああ」
「わかった」
サトミが前のめりに言った。
「貴婦人たちの目があったから内密に伝えたかった。マイを呼び出して説明することは急いでいるとか屋敷にいたら不自然な恰好だったからとかそんな理由でできなかった……でしょ?」
俺をちらりと見てドヤ顔をしている。
「その通りだね。あときっと持ってきた人はあれの名前を知らない。あたしたちが砂糖を知らなかったように。だから実物を見せたかった。」
「なるほど、百聞は一見に如かずだな」
サトミがミケにやんわりと補足してもらっていることを知ってか知らずか解説キャラのように知的に手を口元に当てながらうなずいている。
「そう。あれは見た目も香りもどう見ても美味しそうなお菓子だ。実際そうだった。最初に受け取った人はあれをマイたちに渡せと言われたら当然あんな形で給仕するよね」
「ああ。まあそうなるだろうな。でもでもそれがなんでギルド巡りにつながるんだ?」
「さっきの食べ物のことはマイたちに任せればいいことだからさ。あたしたちはあたしたちのできることをしようと思ってね」
「それはわかるんだが、なぜギルド見学なんだ?」
「朝、あたしたちのゴブリンがあっさりとなくなっているからだよ。大八車を引っ張ろうとしたら奪い合いになって騒ぎが起きるんじゃないかな? いくらキルモンに注目していたからって。隙あらばあのゴブリンを奪おうとしていた人たちはいたと思うよ。でもあたしたちは何も気が付かなかった」
「ああ、言われてみれば」
「あれを一人でこそこそ持っていこうとするのは無理がある気がしてね。その場で手を組んだかあらかじめ仲間だったか知らないけど揉めることなく話がついた」
「そうか」
「それでね。あれを解体してわけあうくらいならどこかのギルドに買ってもらってそのお金を分けたほうが早い。だけどもし買い取っていなければ……」
「そうか自分たちで解体したいということか。そんな面倒なことをしないだろ? もう今頃金に換えられてるから無駄じゃないか。取り返せないだろう?」
「うん、それならそれでいいんだ。でもね。お金に換えられていなかったほうが問題なんだ、この場合」
「いや、わざわざ自分で解体するなんてそんなモノ好きいるかな? あ、でもちょっと待って。考える」
「うん、待つよ」
俺は数秒必死で考えた。わかった。思わず手を打って興奮しながら喋りだす。
「よーし、わかった。北マーロンの貴族の誰かだな。貴族なんて悪趣味だからな、はく製にでもして飾るに違いない! よしまずはここに止まってる馬車を片っ端から調べよう。きっとゴブリンが積んであるはずだっ! 逮捕するぞっ!」
ミケは頭をぼりぼりと書きながらかわいそうな人を見る眼で俺を見ている。
「おじさん、貴族がそれをしようとしたら最初からたくさん冒険者を雇って狩らせるんじゃない?」
「それもそうか…… じゃあ誰だ?」
「この世界の情報を欲しい人は他にもいるんじゃないかな?」
「勇者教の支援者か!」
答えたのサトミだった。くそっ! また負けた! 俺だって言ってやる。
「よーし、わかった。だからギルドに回って持ち込まれていないか調べるのか。あそこにいた普通の冒険者や行商人なら絶対に金に換えようとするはず。でもゴブリンが持ち込まれていなかったら金よりもゴブリンの死骸そのものに興味を持っていたやつかそいつの手下の犯行ってことだな」
今思えば、魅力的なサトミやミケじゃなく俺に質問をしてくるおっさんたちもいた。若い娘二人とおっさんの俺なら俺をリーダーだと思うだろう。サトミやミケとお喋りを楽しみたいならまだしも具体的にゴブリンとの戦いの様子を知りたければリーダーに話を聞こうと考えるだろう。
情報を集めるのが仕事ならば。
「うん。その通り。まあ、あたしとしては持ち込まれてることを期待するよ」
「うん? そえはどうしてだ?」
「すでに勇者教の奴らは行商人に化けた手下たちをマーロンに潜り込ませていたってことだからさ。彼らの目的を達成するための下準備はすでに済んでいるとしたら? そして本当の目的が平和的な布教じゃなくて力でマーロンやテンブリを支配することだとしたら……」
「いや、だったらとっとあのキルモンでやってるんじゃないか?」
「そうかもしれない。でも気になることがあってね。サトミに聞きたいんだ」
「なんでも聞いてくれ」
「いくら弱ってるからと言ってあんな風に奴隷を殺すものかな?」
サトミは首を横に振った。
「ありえない。私たちはああいう奴隷を開放して仲間にしてきた。でも、あんな風に簡単に奴隷を殺す奴隷商なんて見たことがない。生かしておけば何かの役には立つし何より人の道から外れる」
「そう、だよね……」
ミケの顔が一気に沈んだものになった。
「どうした?」
「いや、なにね。あの奴隷たちはそもそも死ぬためにここに連れてこられたのだとしたらと思ったらさ」
「さすがにそれはないんじゃないか」
「あたしもさっきまでそう思ってた。でもおじさまの話を聞いたらね……」
「え? 俺の話?」
「うん。病気を抑える力があれば病気を広める力もあるんじゃないかい? 人の身体に薬を入れられるなら病気の元も入れられるかもって推理がたどり着いてしまってさ。人をミツバチみたいに使ってあちこちに病気の元を広めることもできる力があるんじゃないかな?」
ありえないとは言えなかった。バイオテロや細菌兵器という言葉は当たり前のように報道される。言葉を失った俺たちミケは続けた。
「ここでさっきの食べ物に戻るんだけどさ」
「ああ」
「あの食べ物を食べれば治ったり病気にならなかったりするんじゃないかな? 元気が出るんでしょ?」
そこから先は言われなくても想像できた。
マッチポンプ。
病原菌とワクチン。
病気が広まったところに施しとして食べ物や医療を提供する。しかも施された奴らは理屈なんかはわからない。そこで勇者教の神様のおかげとでも宣えば……
効果はばつぐんだ。
俺たちの沈黙を破ったのはサトミだった。
「よし、仕事の時間だ。嘘や恐怖で人を支配する奴らに反旗を翻せ! われらの自由と誇りのために!」
目が覚めたかのように身体が動いた。
「で? どうすればいい? サトミ」
「そ、それはミケに聞いて欲しい……」
ミケは笑った。みんな笑った。俺たちはまずはギルド巡りをして情報を集めるために動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます