第24話 デザート1
「ねえ、おじさん、こっちとこれ、どっちがいいと思う」
マイが二つの服を掲げて俺に見せてきた。アクティブでモノトーンな大人っぽい服と淡くて優しい色のフェミニンな服だ。正直女ものの服なんて露出が多いか、身体の線が出るかどうかしか気にならない。
俺は無難にスーツに着替えてネクタイも巻いていたがサラリーマン時代は作業着程度の感覚だった。女の服は戦闘服だ、なんて話を聞いたこともあったが作業着と戦闘服じゃ選ぶときの気合の入れようは違うだろう。
そしてマイが良いと思う方を当てなけりゃいけないのだということは俺でもわかる。ファッションについて若い娘がただのおじさんから学ぶことなんてありゃしないだろう。自分の選択を肯定されたいという気持ちだっていうのは想像できるし共感もする。
マイは笑顔見せてくれた。
だが、断る。
「え? ごめん。おじさんファッションのことよくわからないよ」
「そ? だったらタケノコの皮でも巻いてれば? 一生」
そういうと鼻息荒くぷりぷりと行ってしまい女四人で姦しくおしゃべりを始めた。
俺は離れたところで彼女たちの笑顔を見た。よかった。喋っているうちにマイも笑顔になってくれらた。気にするくらいなら全力でマイの服を選べばいいのにとは思う。でも仕方がない。結論を出すための議論なら平気だが、苦手なファッションでマイが心の正解を忖度して言い当てるなんて億劫だった。
その過程そのものを楽しればまだいいのだろうが、手段ではなく目的としての会話の術を俺はまだ知らない。場合によってはマイと言い合いになってしまうかもしれない。適当に受け流すということができない。言い年齢(とし)したおっさんなのに。
いや、違うな……
認めたくないものだな。若い身空で自分の価値観で生きていける小娘に嫉妬したことを。
俺は肩を竦めて頭を冷やすためにその場をあとにしようと彼女たちに背中を向けた。
「逃げちゃダメだっ!」
振り返るとミシェルがバツが悪そうににうつむいていた。小さな声で訥々と聞こえてきた。
「あなたは死なないわ。私が護るもの……」
みなの驚いた表情とその視線に気が付くと顔を赤くして照れ笑いを浮かべながらミシェルは手振り身振りを交えて想いがあふれるように言葉を発した。
「に、日本語、アニメで勉強。謝ります。違ってたら、言葉。ごめんなさい。でも、わたし、責任あります。ギルドの人として。でも、わかります。逃げたい気持ち。何、すればいいですか? わたし。知りたいです。あなたの気持ち」
俺は服の棚に置いてあったポータブルDVDプレイヤーが頭に浮かんだ。武力や経済をいくらコントロールしようとしても相手を知りたい、自分を知ってほしいという人の気持ちは止められない。だがそれは悪いことばかりじゃないだろう。身体のこわばりが溶けた。どこかの中学校の制服らしくものが意外と似合うミシェルに近づき言った。
「笑えばいいと思うよ」
サトミとミケは不思議そうに俺を眺めミシェルは嬉しそうに目を見開きマイは俺に人差し指を突き付けた。
「ちょっとみんな聞いて。きっと何者にもなれないで死んでいくおじさんには、あんたバカぁって言ってやればいいんだよ。どうせおじさんなんてみんな若い子にそう言われたがってるんだから」
全員に沈黙が訪れた。マイはバツが悪そうに顔を背けた。俺は目線をマイに合わせ努めて穏やかに言った。
「ねえ、マイちゃん」
「は? なに? 文句あるわけ? 私だって心配してるのになんか隠しごとするおじさんが悪いんじゃん」
「ごめん。で、こんなんときに言いにくいけど、頼みがあるんだ」
「何よ?」
「バカな俺のために考えてくれないか、キルモンと戦うにあたっての生存戦略」
マイは言葉に詰まるも言ってくれた。
「じゃあ私の話をちゃんと聞く?」
「もちろん」
嫉妬してつまらない対応をしてしまったことへの罪滅ぼしだ。 マイが許してくれたことで自然に笑顔がこぼれた。何事もなかったかのように、というか俺なんかいなかったかのように彼女たちはまた服を物色しファッションショーで盛り上がり始めた。
早く飯に行こうぜ、なんて今更言えない。 ほんと、素直になるって何歳(いくつ)になっても難しい。
少し素直になって言ってみるか? さっきは照れくさくて言うのを控えた言葉があった。俺はミケのファッションに対して何一つ感想を言っていなかったことに気が付いた。ファッションショーが終わりそろそろ移動しようか、という話が出た時だった。
「なあ、ミケ」
「にゃあに?」
「そのイカすGジャン、似合うジャン、ミケって良(い)いジャン、最高ジャンッ!」
沈黙が訪れた。耳が痛くなるほどの沈黙だった。ポーズまで付けてしまっていた。 効果はてきめんだ。
俺は腕でアルファベットのGを模ったまま救済を求めてミケを見つめていた。
「あ、ありがとう……」
ミケが顔を赤らめ答えるまでの五秒間。 かつて俺の人生でこれほど長い沈黙はあっただろうか? そんなことを考えていた。
「もう行くからいつまでも遊んでないで」
マイの言葉に呪いが溶けたかのように俺の身体は動き始めた。そしてまた馬車に乗り込みレストランに着いた。こちらは邸宅と行ったほうがよさそうな屋敷だった。俺たちはメイドに案内されるままにテーブル席に座らされた。俺は女子たちとは別のテーブルに座らされた。うっかり日本語を喋ってしまわないようにという配慮だった。
他のテーブルの食事中の者たちを見て驚いた。学ランやらブレザーやらセーラー服、あとはキャビンアテンダントや看護師など学校や仕事の制服を来ている貴族が多い。確かにつくりはしっかりしているし形もフォーマルだから手に取りやすいのはなんとなく想像できた。
学生服を着てきちんとメイクをしたている大人の女たちが十数名いるところを見ると大人のコスプレパーティを連想してしまう。あまりじろじろ見てしまわないように気を付けたが俺のおもてなしプランにオプションが増えていった。制服ときちんとメイクの組み合わせ。嫌いじゃない。
キルモン対策も気にはなったが勇者教の奴らの情報を集めてから話し合うことになった。確かにいまさら慌ててもしょうがない。考えすぎて眠れなくなってもことだ。今日のところは単観光を楽しむ気分で気楽に過ごすことにした。
食事も終わりデザートが運ばれた。アップルパイだった。一口かじって、俺にはちょっと甘すぎだな、そう思った瞬間だった。あわただしくマイとミシェルが立ち上がりなにやらサトミとミケにと二三言葉を交わして駆けるような勢いで部屋を出て行った。
「ウミガメのスープじゃないんだから。っていうか他の貴婦人たちにこの店がまずいもの出したと思われたらどうするんだ?」
頭の中で二人の後ろ姿に突っ込んでいるとサトミとミケが俺のテーブルまで近づいてきていた。サトミが耳元で日本語で言った。
「急いでついてきて」
俺はうなずき二人についていくことにした。なんだかよくわからないがすごい不安が俺をとらえて離さなかった。二人の真剣な面持ちにそれぞれのテーブルの上に残されたアップルパイが急に禍々しいものに見えてきた。
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