第23話 サイハーテ家の活動2

「おじさま、真剣な顔してどうしたの?」

 

 ミケが興味深げに顔を覗き込んできた。夏の避暑地にいそうな少女が着るような白いワンピースに色落ちしたGジャンを羽織っている。


「考え事さ。何かを知りたいって思ってもそれだけをありのままに知ることは難しいよなって」


 殿様プレイのことは脇に置いてすぐに答えた。だてに会社の会議で上層部の独りよがりの自慢話や世情分析を聞いてるふりしていたわけじゃない。まさに会議は踊る、されど進まずだ。発言をさえぎられれば子供みたいに機嫌を損ねる奴らに関わらないためにみんな沈黙を守っていた。


  すると中にはちゃんと聞いてるかが気になるのか突然話を振ってくる奴もいる。いつしか急に話を振られても糸を引っ張られた操り人形のように背筋を伸ばしてそれらしく発言ができるように訓練されていく。


「確かにそうだね。そこに相手がどんな人か推理する余地が生まれる」


「ミケならそうだろうな。ただ俺もそうだけどほとんどの奴はよりよく知るためには似たような他のと比べないと違いがよくわからないのさ」


「うん」


「だけどさ、それが争いを産むんだよなぁ。ってな。違うだけならいいけどその違いにどんな魅力を感じるか、あるいは感じないかで」


「にゃるほどねぇ。おじさまもいろいろ考えてるんだね」


「まあな。小さいことだけど俺は俺なりにいろいろあったからな。奪い合ったり、興味を持たれずほっとかれたり。モノ選びならまだしも人間同士で選びあうとなるとまあ揉めるよな」


「そう…… だね」


  一瞬ミケの瞳が少し曇ったように見えた。


「どうかしたか?」


「ううん、なんでもない。続けて」


「ああ、だから好きな服を着るっていうこととか大事なんだなってちょっと思ったのさ。楽しそうに服を選んでるお前らを見て。俺は自分で着る服なんてどうでもいいと思ってた」


  学生服を着ていた中学や高校時代、男子だけになると残酷なことを平気で口にしていた。同じ名字の女子がいたらこう呼んでいた。かわいい方の○○と不細工の方の○○。


  まあ女子は女子で似たようなことをしていたのだろうが。いや、女子はイケてないほうの○○なんて話題にしないか。たぶんイケてない俺は女子の視界に入っていない。


 どうせ誰も俺の事なんか見ていない。わかっているのにそれでいて世間から大きくはみ出してしまわないように空気を読んでいた。


 ファッションに無頓着だったのは世間に迎合していないということを俺自身に言い聞かせるためだったような気がする。無頼に傾(かぶ)きに破天荒。そんな男に憧れた。


結局、迎合も反発も他人ありきだ。みんなと同じは嫌なくせにどこかで人と違うと不安になる。同じ服を着てたとしてもにじみ出ちまうのが個性ってもんだろ? なんて嘯いていた。


そんなことを考えたって服は服でしかない。 自分の決めた目的に応じてふさわしい服を着ればいい、ただそれだけなんだ。


  さっきから考えていたことにようやく結論を出せた。

 

 コンセプトは共有してアレンジは自由ってことに決定。


  大奥コスプレのおもてなしプロの衣装の着こなしに各自のアレンジを認めるか否か。


  それが問題だった。


 やる気に満ちてさらなるレパートリーを増やせないか一人脳内ブレインストーミングを行い始めるとミケはGジャンの袖の端をつまみながら尋ねてきた。


「ちょっといい?」


「ああ、いいよ。ところでかくれんぼと鬼ごっこ、子供のころどっちが好きだった?」


「え、あ、かくれんぼかなぁ? 推理通りに見つけられるかワクワクしたし、隠れるときはいつ見つけてもらえるかドキドキしたし……」


「なるほどね。わかったありがとう。思った通りだ。あ、ごめん。で、なんだっけ?」


「この生地丈夫だけどどうやって作ってるのかなぁって」


「ああ、あっちじゃ馬車の幌とかに使われてたのを服に流用したんじゃなかったかな?」


「にゃるほどねぇ」


「あとそれはGジャンっていう上着なんだけどさ。袖を少し捲るっていうのもお洒落とされてたな、他にもジャケットっていう上着とかの袖を捲ったり」


「へえ、腕まくりが恰好よかったんだ」


「ああ、新宿の掃除屋や一時代を築いた洒落た音楽家たちはよく捲ってたな」


「掃除屋なんているんだ…… そっか野良仕事だけじゃ仕事が足りないくらいに人がいっぱいるんだね」


「その中でも新宿は人が多いんだ」


「ふーん、じゃあそこの掃除屋は優秀なんだろうね」


「ああ、強いゾ」


 少し顎をしゃくらせてしまった。


「掃除屋が?」


「ああ」


  中学生の時だった。胸元に名前の書かれた大きな名札を縫い込んだ半袖の体操服。その上から制服の上着を着た。必死で袖を捲った。指で拳銃を模って鏡に向かってポーズを決めた。


  突如脱衣所の扉が開かれた。


「何やってんの? 早くお風呂入っちゃいな、あんた臭いよ?」


  オカン襲来。 恥ずかしさのあまり逆ギレして怒鳴り返した。殴ろうかとまで思った。ワン オブ ザ サウザンド級の俺の拳で。思い出すと笑みが浮かぶ。俺の反抗期の始まりだった。


「へえ…… その掃除屋さんに助っ人に来てもらえないかな?」


「いや、まあ、彼は新宿を護るのに忙しいからさ……」


 なぜか知らんが顔から火が吹き出そうだ。


「じゃあ日本から何か強い武器をもらうとか……」


「難しいと思う。彼らはこの世界を侵略するつもりはないからな。武器だってあくまでも自衛のためにしか使わない」


「そうなんだ……」


「うん、昔はいろいろやってたみたいけどな。今は日本で生きていけない人たちを助けるっていう人助けでやってるんだ。だから事情はどうあれ村を守るため以外の目的で戦うような奴らに協力はしないよ」


「そっか……」


「それに俺は眠らされてたから見てないんだけどさ。こっちとあっちをつなぐ道は広くないらしいんだ。助けてくれたとしても奴らのキルモンみたいな兵器はきっと持ち込めないだろうな」


「にゃるほどね。で、こっちに来てすぐに放り出されちゃったの?」


「いや、俺が病気を異世界に持ち込んじゃまずいからさ。それに俺が異世界の病気になっても困るってことで病気を人に伝染(うつ)したり、伝染(うつ)されないようにする薬を身体に入れられて二週間様子を見るってことで閉じ込められた。」


「そっか。大変だったんだね。薬はやっぱり口移しで? 寝てたんでしょ?」


「いや、起きてたんだよ。薬はこっちに来る前に日本で入れたから。飲んだり注射って言って管になってる細い針を身体に刺してその管を通して身体の中に入れたりしたんだ」


「にゃに、それ、痛そう。進んでるんだか野蛮なんだかわかんないね」


「いや、慣れるとそう痛くもないけどな。あ、痛いのは歯だな歯。痛みを感じなくなる薬を使って歯を削ったり抜いたりしたんだ。薬が切れてからはやっぱりしばらく痛んだな」


「うわっ、痛そう。考えたくもない」


「もう大丈夫だよ。こっちで歯がダメになったら困るからさ。弱ってる歯を治療したり、親知らずって言って、口の中に残っちゃってちゃんと生えてこない歯をあらかじめ抜いちゃうんだ。こっちで痛み出しても手が打てないからな」


「へー。でも歯に何かしたようには見えないけど」


「ああ、目立たない材料を使ってくれたんだ。ふつうは銀とか金とかを歯にくっつけて直すんだけどそれ目当てに殺されても困るからってことでさ」


「ふーん。すごいね、日本って」


「ああ。ま、危険だから村から出るなって言われたのに自分から出てきたんだ。最初から助けてもらうつもりはないんだ」


「わかった」


 ミケは笑顔を見せた。

 だが伝える。


「大丈夫だよ。むしろタイヤを使っている程度の文明ってわかったんだ。俺がまったく知らない技術が使われてるよりはマシだ」


「まあ、そうだね」


「それにそれを暴いてズルしてるって言って見せたところですごいキルモンだ、ってことでここらの連中は納得しちまうだろうしな」


「うん、神様から愛された、それは勇者教がすごいからだってなっちゃうだろうね。あたしだっておじさまに会うまでは別の世界で同じ人間がすごい技術や文明を持っているなんて半信半疑だったもん」


「だよな。俺がいたところは異世界に行った奴の話しってのは結構大昔からあるけどそれをお話じゃなくてホントのことだなんて思うやつはまあいないよ。俺だって来てみるまで半信半疑だった」 


「だよねぇ。でもほんと来てよかった。おじさまは?」


「俺も来てよかったよ」


不安はあるが考えたってしょうがない。たとえ勇者教の奴らが空飛ぶ車が当たり前の世界から来てたとしても故障したときに人力でも運べるように何らかの形で車輪は使われるだろうし、車輪が使われるならそれをゴムで覆うことはするだろう。


  推測に推測を重ねたところで俺の足りない頭じゃ混乱するだけだ。気持ちを入れ替えて彼女たちの気づかいに甘えさせてもらおう。


 みんなが妙に俺に構うのは親善試合を控えているからだろう。一対一とはいえ勝負になるわけがない。この世界では魔法を媒介するものはすべてキルモンとして扱われる。


一人で扱えるのであればキルモンの差はそのまま個人の力量差だ。平等ではないが卑怯でもない。大きなキルモンを扱える奴は尊敬を集めるだけだ。


貴族の決闘と違い親善試合だから命まで取られることはない、とは思ってもあの図体の下敷きになりでもしたら簡単に死ぬだろう。縦にしたトラックが倒れこんでくるようなものだ。


身震いした。頭を振って気を取りなおす。怯えるよりも気遣ってくれる彼女たちと笑って過ごそう。


「なあミケ」


「にゃあに?」


「新宿の掃除屋から学べる生き方っていうものがあってだな……」


「へー、そうなんだー」


 ミケは曖昧テンション。笑顔でフェイドアウト。


  思い出したら久しぶりにやってみたくなった。俺は彼女たちから離れたところにある姿見の前で指で拳銃を模ってポーズをとってみた。何度か試してみた。


「忘れてるなぁ、モーション……」


  練習したのに…… なんだったんだ? 俺の過去(Days)。


「私がいること覚えてる?」


ビクッとしてしまった。耳元で言われた。姿見に映る俺の後ろにマイが笑顔で立っていた。満面の笑みだった……


「アハハハ、超ウケるぅ」


  恥ずかしくてマイを見ることができなくて顔を背けた。笑うマイと固まる俺が写っている。動けないでいる鏡の中の俺はマリオネットのように見えた。一生反抗期、とか言って青空の下で唇を尖らして蹴とばすものもないのに足をけり上げているわけにもいかないがマリオネットでもいたくない。いい年齢(とし)こいても想いのままに踊れない。

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