第22話 サイハーテ家の活動1
俺たちは食事の前に着替えることになった。マイは俺たちに気後れさせないように食堂なんて言ったようだが実際は高級レストランらしい。異世界に来てまでドレスコードなんて言葉を聞くとは思わなかった。貴族向けの知る人ぞ知るという店らしいので俺たちも素性を知られないほうがあとあと面倒がないとのことだった。
ギルドから立派な客車のついた馬車に乗って大きな橋を渡り北マーロンまでやってきた。それなりに距離はあったんだろうが一台の馬車に若い娘たちと押し合い圧し合いするような形で乗り込んできた。そりゃあ、あっという間だった。
そして女性陣はハイテンションではしゃぎながら化粧を試したり服を試着している。
「どうだ? おじさま」
俺の眼の前で見せつけるように胸を張るサトミに俺は言った。
「いいね、いいよ、サトミ。君って最高さ」
「素直でよろしい。たまにはこういう服も悪くないな」
普段サトミはビスチェというのか豊満な胸を支えつつ谷間に美しいカーブをさりげなく演出してくれる素晴らしき仕事人を身につけている。その仕事人は今は俺の腕の中だ。
当たり前に谷間が見えていた、いや正直に言う。当たり前に谷間を見ていたわけだがそれもこのビスチェのおかげなのだとその仕事ぶりのありがたみがよくわかる。だが秘められることで花開くものもある。うん、サトミの胸のボリュームというのか質量というのか布地に包まれることでより伝わってくるものがある、そういうことだ。
否。あえて言おう。
俺は童貞を殺すセーターに殺された。
しかもここは日光が差し込むとはいえ全体に薄暗くところどころ燭台が設置されてオレンジの灯が揺らめいている。手作りとはいえサイハーテ家が作った紅を挿した艶っぽいサトミの唇の表面に、オレンジの妖しげな光がときどき十字の花を挿す。
俺は理性を保つために視線を逸らして咳払いをする。すると満足したのかサトミは鼻歌交じりに姿見の前に移動していろいろポーズをとっている。
俺は二度死ぬ。
だって前はとっくり? 否、ハイネックなのに背中側はオープンセサミ。うっすら日焼けした背中にドキっ! だってブラ紐のあとがないんだぜ? まさにサトミは海洋の帆待ちエンジェル。
ロマンティックを止めるBGMの予鈴が俺の頭の中で鳴り響く。
ふう……
いや、落ち着け、俺、女子のみんなに内緒の蓄えを奮発するのは今じゃない。
サトミやミケたちの一矢報いたいという想いのために引き受けたのは嘘じゃない。だが俺自身の士気をあげるためにどうしても必要なことがあった。
それは勇者教のキルモンを蝶のように舞い蜂のように刺して華麗に倒した後にレッツゴーおもてなし大作戦。親善試合は人を集めて大広場で真昼間から行われるという話だった。もちろんおもてなしのプロたちもお祭り感覚でたくさん来るだろう。たとえ来なくても噂は耳に入るはずだ。たこやき屋で多少稼いではいたが、今回の報酬…… 勝てばでかい。
今回の依頼は歴戦の冒険者が依頼を受けてくれなくて困っていたと聞いた。つまりプロの冒険者たちはそれでもワリに合わないと判断したということくらいは俺でもわかった。
だからこそ必死で士気を高める必要があった。
俺はプロのおもてなし相場を知らないが、今まで街で金を使ってきた感覚でいうと数名のプロに同時にもてなしてもらうことも可能なような気がする。
薔薇の蕾に誘(いざな)われ 迷路で香りに抱(いだ)かれて 精魂果てて漂いたい
俺が心の中で詠唱していると音楽が聞こえてきた。見てみると棚においてあるポータブルDVDプレイヤーからはノリのいい音楽とファッションショーを撮影したものらしい映像が流れていた。曲に合わせてサトミはその伸びきった肢体を揺らしている。
建物の中は分厚い幕でいくつかのブロックに分けられていてる。幕越しに他の者たちの声が聞こえてもよさそうなものだが防音対策が施され静かだった。明かりは壁の上部にある明り取りの窓にはめ込まれた曇りガラスから差し込む柔らかな光。
調度品は日本の服屋にあるような棚がいくつか並べられておりゆったりと服が並べられている。姿見もところどころに置かれ、何かの映像で見たエンタメ業界勃興時を彷彿させるメイク用の鏡と照明や椅子のまであった。
マイの話によると食堂はかなりの身分の者を顧客として抱えているらしくお忍びで着やすいように目立たず、かつ質のいい服をここで貸しているそうだ。それに加えて日本人村で生産したという地元の天然素材を使った化粧品も販売しているらしい。
服を売らないのは日本人村の方針だ。縫製や生地の断ち方や織り方などは企業秘密がつまっているらしい。分解して研究させないためにきちんと返させるということを徹底しているそうだ。
さすがに生地から服を作るまでの労力はかけられないそうで古着屋に売っている色とりどりのさまざまな型の服を仕入れているそうだ。なぜかというと食堂で貴族たちにファッションによるマウント合戦をさせないためらしい。古着屋から購入するのも新品だと在庫が流行に左右されるためにデザインが偏ってしまうからだそうだ。
日頃の所属階級から意識を離れさせるためにコスプレ感覚で同じ出どころの服を着させるそうだ。これは仲間意識や連帯感を持たせ争いを避けさせるという日本人村の外交手段のひとつだ。
日本人村は経済による侵略になってしまうことに対してかなり慎重な姿勢をとっている。それにあくまでも日本で生きていけない人を人道的に救済する手段として異世界の一部を使わせてもらっているという立場だ。日本人村のさらにバックにいる組織がどんなものかはマイも知らないようだが、なかなか高潔な思想で恐れ入る。
化粧品の販売に関しては日本人村でも意見が分かれているらしいが人道的な配慮として行われているとのことだった。知らなかったが貴族たちの化粧品には水銀などの人体に有害なものが使われているらしい。
貴族たちに健康という概念を普及させることで安定した領地経営とゆくゆくは庶民たちへの扱いも健康に配慮したものにしていくことを促す目的があるとのことだった。そのため成人病を誘発してはならないと食事もヘルシーなものにし、料理法こそあらゆるものを使うらしいが素材も調味料も現地で手に入るものだけしか使わないそうだ。
日本の素材を使ってあまり美食にハマらせてしまうとこれもまた成人病を誘発する恐れがあるということだった。
また、あくまでもサイハーテ家という謎の貴族が行っている体(てい)で行い異世界日本という存在は隠している。ギルドでも知っているのはミシェルを含め幹部の数名だけらしい。
だから俺たち三人にも日本の存在は絶対に口外しないように、また他の人間の耳に入りそうな場所で日本に関する話しをするな、できれば日本語すら使うなとマイから言われた。サイハーテ家と関わりたい奴らは数多くいるらしく口を利いてくれとまとわり疲れることも多いそうだ。
ずっと日本語が話せる環境になかったから気が付かなかった。マイを通訳に雇っていた時も相場からするとめちゃくちゃ安く引き受けてくれていたらしい。まあ異世界の常識をわかっていない俺にうかつに日本語であれこれ喋らせないようにするというお目付け役としても日本人村から報酬をもらっていたそうだが。
そして、この一連の活動にはマイも深く関わっているそうだ。誇らしげに語るマイに感心した。しかし新たな心配も生まれた。勇者教のキルモンをバックアップしているであろう存在だ。
奴らの事情や目的は想像するしかないがサトミたちを追放することに手を貸しているんだ。それだけで日本人村とは思想が全く違う。情報を集めないといけないがどうやればいいのか皆目見当がつかなかった。
「おじさん? 疲れてるなら休憩所あるけど」
「いや、大丈夫だ」
「それならいいけど……」
十六歳の若さながらマイは人を良く見ている。世間の目を気にして他人からどう見られるかということしか考えられなかった十六歳の俺とは大違いだ。
「仕事とは自分より強い者から庇護を得るために身を削って求められた結果を出すこと」
幼いころからメディアを通して流布された権力者に都合のよい価値観を鵜呑みにしてきた。ムカつく上司をぶっ飛ばして色いろ考えた。さすがに実体のない世間や時代の空気に踊らされていたことに気が付いた。自覚しても今度は間抜けな自分を認めて許すのにさらに時間がかかる……
よっし、暗いことばっかり考えてしまう。気を取り直さないとな。
勇者教に負けて転生したら本気で生きてみっか。
どうせ殺されるなら死に戻りして繰り返し童貞を殺すセーターに殺されたいもんだぜ……
いや、待てよ?
この世界でおもてなし業界のプレイスタイルのバリエーションを増やしたほうが早くないか?
俺は、今ここで全力を出すことを改めて決意した。
「グフフフ……」
「どうしたの? 今度は笑いだしちゃって?」
「あ、いや、何でもない」
「ふーん、ならいいけど…… なんか変なおじさん」
マイの呆れた声も気にすることなく俺はプレイスタイルの一つの中に胸をさらけだして逃げ回るたくさんの大奥の女性を捕まえるという殿様プレイを加えた。
俺がスケベ心をかなり開放しているのは勇者教のキルモンとの対戦への恐怖を紛らわすため、という目的も少しはあった……
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