第21話 ギルドの仕事 1

 心配していたギルド到着はあっけなく達成された。これがわおう系小説ならここで絡んでくるチンピラを撃退してチート能力が発覚しそりゃもうギルドは大騒ぎさ、ってなことになるのだろう。しかし朝の混雑が終わって弛緩した空気が漂うギルドでは俺に絡んでくるような血気盛んな奴はいなかった。


 受付嬢はクールに仕事をこなしたしサイハーテ家こと日本人村をバックに持つ俺の紹介ということもあって、サトミとミケはすんなりと登録を受け入れられた。


 黒板のような大きな板にチョークで書かれる仕事の斡旋用の掲示板を確認したが下のほうに書かれている危険の少ない仕事はなくなっていた。俺はテンブリ語で会話はできないが読解は困らない程度にはできる。大学受験の時に必死で英語を勉強したがまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。テンブリ語は文字や文法は英語に似ている。


 まあ、どうでもいいがこの黒板は壁一面というくらい大きなもので当然上の方に書き込むには脚立を使うことになり書くのは面倒だ。だから仕事の引き受け手が得難い難しい案件が上の方に並んでいる。そこで黒板の高さが冒険者のランク分けに使われている。注意深く見てみると上のほうに書かれていたはずの港の大蟹討伐が消されていた。


 ちなみに俺のランクは足の裏級。最底辺だ。そんな下の方も書くのは大変な苦労だとは思うが、街行く女ではありえないタトミニスカートを履いた受付嬢がしゃがみこんで揺れる尻を見せながら黒板に書く。その姿は冒険者たちの一服の清涼剤だ。まあ、ギルドなりの士気向上策なのだろう。


 噂じゃ下手な酒場のウェイトレスより彼女たちの方がよっぽど稼いでいるらしい。俺が見てきたことがある受付嬢はみな容姿端麗だ。


 そして刺激された男たちは今宵の相手を得るために金が欲しくて必死に働き結果を出す。ちなみに女冒険者向けのイケメン受付青年もいる。むっちゃピチピチピタピタの短パンにタンクトップ姿の笑顔の似合うマッチョな好青年と細身ではかなげな美少年を見たことがある。


 特にランクを上げるための試験は無いが、受付嬢を取り仕切る受付りーダーの判断で選んだ仕事を受けさせてもらえないことは当然ある。依頼をこなせなければギルドの信用問題だからだ。


  俺たちは受け取ったギルド登録証を持ち寄り見せ合っていた。まあ、手のひらに収まるほどの木片だ。そこに南マーロン冒険者ギルドの紋章が焼き印で焼き付けられていてるシンプルなものだ。


 穴があけられていて紐が通せるようになっている。また裏面にはマス目が引かれており、そこには小さな焼き印が押せるようになっている。こなした仕事の難易度が一目でわかるようになっていいる。


 俺たちがどこに観光に行こうかとギルドの壁面に描かれたマーロンの地図の前でワイワイやっていると後ろから声をかけられた。


「おじさん。ミシェルさんが話しがあるから来てほしいって」


 マイだった。


「やあ、マイちゃん。久しぶりだね。元気だったかい?」


「「プー、クスクス」」


 俺の後ろでサトミとミケが笑い出した。しかも日本語ではなくテンブリ語で話し始めた。しかも俺の真似してるのか時折「やあ、まいちゃん」とか聞こえてくる。振り返り言った。


「おい、彼女テンブリ語できるから。彼女には丸わかりだからな。ね、マイちゃん。彼女たちも日本語できるんだよ」


「ふーん」


 そういうとマイはテンブリ語で話し始めた。俺を脇に置き三人で話し始める。時折、おじさまとかおじさんとか聞こえてくる。そしていつしか三人は移動を始めてしまった。戸惑っていると三人が振り返り俺を見た。全員同時に手招きしている。


 俺は慌てて後を追いていった。通されたのは普段冒険者が入ることを許されない場所だった。怒られないだろうな、という不安な面持ちで三人の後についていく。出入り口が大きく開かれ、そこから日の光が差し込む受付場所と違ってどんどん暗くなり燭台にともされた蝋燭が薄暗く照らす廊下を先に進んだ。


 しかも彼女たちは物おじしないのか楽しそうに喋っている。テンブリ語で。おしゃべりに興じてご機嫌な女子たちの邪魔をして機嫌を損ねて置いてけぼりにされてはかなわない。俺は大人しくしていた。


 通された部屋で待っていたのは金庫番のミシェルだった。金髪を無造作にひっつめて丸出しにした額が頭の良さを、そばかすを隠さない化粧っ気のなさが実直さを窺わせる。


 俺たちがベンチに並んで腰をかけると彼女は立ったまま語り始めた。日本語だった。


「あなたたちに仕事を頼みたいのです」


 多少発音は違うが十分に聞き取れた。日本語で話してくれることに安心した俺は前のめりに話しを聞いた。ミシェルの話をすべて聞いた。即座に言った。


「おい、無理だって。俺のランク知ってるか? 足の裏級だぞ? 足の裏!」


 だが、三人の娘たちはこともなげに言う。


「だって、おじさん、フリップ卿のキルモン倒したじゃん。できるって」

 とマイが言う。


「だって、おじさま、ゴブリン四体倒したじゃん。できるって」

 とサトミが言う。


「だって、おじさま、勇者教のキルモンの謎を解いたじゃん。できるって」

 とミケが言う。


「いや、あれはフリップ卿にはイカサマで勝ったし、ゴブリン斬ったのサトミだもん」


「ほら、おじさま。勇者教のキルモンの謎は解いたって認めるね?」


「いや、待てって。確認できてないだろ?」


「ううん、あたしだって二人から話しを聞いてそう思ったもん。すごいじゃん、おじさん。もしかしたらこの世界の王になれるんじゃない?」


「いや、望んでねえし。それに勇者教のキルモンの謎って言ったってミケが地面をなぞったらタイヤの跡みたいな感じだったから。それでちょっと俺がいた世界のどこかの国が勇者教の支援のために物資や技術を送ってるかもなって…… そう言っただけじゃん」


 一瞬の静寂…… 沈黙を破ったのはサトミだった。ミシェルに言う。


「この通りおじさまは怖気づいてしった。ならば主の私が責任を取る」


「いや、あたしがやりたい。こんな経験できないもん」


「あ、じゃあ、私も。おじさんがやらないんじゃしょうがないもん。おじさんがやらないんじゃ。あ、日本語では大事なことは二回言うってのが最近の流行りだからみんな覚えといて」


 くっ…… 何なんだ? こいつらのこの一体感。ああくそっ! こいつらがどこまで本気かわからないがサトミとミケはやりかねないんだよなぁ…… ああっくそっ! 一難去ってまた一難だ。しょうがねえ、毒を食らわば皿までだ。


「わかった…… やるよ……」


 四人の女たちの顔に満足げな笑顔が浮かんだ。


「よし、まずは腹ごしらえだな」

 とサトミ。


「ああ、あたし、ここの名物食べたい」

 とミケ。


「あ、あたし美味しい食堂知ってるよ」


 とミケ。


「じゃあ私もご一緒していいかしら」

 とミシェル。


 浮き立つ四人の女たちの後ろ姿を暗澹たる気持ちでついていった。ギルドをでるときミシェルがなにやら受付嬢に指示を出した。受付嬢は脚立に登り黒板に書かれた依頼を消し始めた。


 俺にも読めた。その依頼はこう書かれていた。


「急慕! 勇者教キルモンと親善試合の対戦相手。なお、命の保証なし」


 天井級の依頼だった。


 脚立の上で踊る受付嬢のタイトでホットなヒップがクールなジョークに思えて少し笑った。

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