第20話 `冒険者ギルド登録4
俺とサトミが蟹を喰ってるときあるあるをミケに語っているとなにやら大声が聞こえてきた。見てみると門の方では門番と鞭をふるっていた男たちが言い争っているようだ。言葉の意味はわからないがサトミの話だとキルモンを中に入れるかどうかで揉めているらしい。
あらかじめ話しが付いているならまだしもあんな兵器を街中に入れたくないという気持ちはわかる。マーロン側も防衛のための備えをしているだろうが余計な危機を招き入れることはないだろう。あの五体のキルモンがあればマーロンを制圧できてしまうかもしれない。
すると揉めている男たちの間に入る者たちがいた。十分に大人の女だった。キルモンの操縦者の一人だった。他に中学生くらいの少女。他は初老の男と青年にこれまた中学生くらいの少年。年齢はバラバラだったがそれぞれ揃いの白い服を着ていた。みな一様に微笑みを浮かべている。
乗り主を失ったキルモンは五体が整然と並びまるで何かに祈りをささげるように両の掌を広げて地面にひれ伏している。威圧感や恐ろしさが消えて何やら静かで大きな動物を思わせる。
操縦席の中を覗き込みたいところだったが扉は閉ざされていた。それに見張りらしき奴らも槍を持ってそばに張り付いている。
キルモンが体勢を変えていく様も見ようとはした。しかし、何やら動き出す気配を感じたころには見張りたちが大きな幕を広げて視野を遮っていた。姿勢の変化の具合も機密、ということなのだろう。
話しがついたのか結局キルモン五体と見張りが十人ほど残り他の奴らは門の中に消えていった。
「さって、俺たちも中に入るか」
俺が誘うとミケが言った。
「ううん。その前に彼らの足跡を見ておこうよ」
「どうするんだ? そんなの見て」
「にゃあに、足跡と出したものの跡っていうのはいろんなことを教えてくれるんだよ」
俺たちは門を背にキルモンが通った跡を見に行ってみた。だが得られるものはなかった。土や砂のところに当然ついていたであろう足跡、あるいは車輪のあとなどは土のグラウンドにトンボをかけたように整地されていた。そのまま三人並んで歩きながら話しを続けた。
「にゃるほど。踵のあたりにでも何かつけていたのかもね」
「そんなもん引っ張らされるほうはたまったもんじゃねえな。でも、なんでここまで隠すんだ?」
「おじさま。それは、隠したいものがあるからに決まってる」
「いや、そりゃそうだろうけど、足跡とか足の裏に車輪でもついてたとしてもせいぜいそれの通った跡くらいだろ?」
「二人ともちょっと黙って、考えさせて」
ミケは左手で右手の肘を、右手で顎を軽くつかみ立ち止まった。
「うん、まあやってみたほうが早いか」
ミケはつぶやくと俺とサトミに指示を出した。
「ちょっと、二人ともあの見張りからあたしが見えないように二人並んで隠してくれる?」
「いいけど怪しまれないか」
「じゃあ、私とおじさまで腕でも組むか? なんてな」
「うん、それしかない!」
棚からぼた餅、ラッキースケベ、据え膳喰わぬは武士の恥ってね。幸運は素直に受け取っておくものだ。
「うーん、悪くないけどちょっと不自然だからやめたほうがいいね」
「え? なぜだ?」
「おじさま。あたしたちはこれからあそこのギルドに出入りするんだろ? あの見張りたちがギルドを通してあたしたちを調べるかもしれない」
「そりゃまあそうだけど……」
うーん、組んでみたいっ!
だが彼女たちの考えは素直に受け入れるべきだろう。偏屈な頑固ジジイとして彼女たちの足を引っ張るような老害になるよりはマシだ。それに素直な人間のほうがいろいろ伸びしろがあるだろう。
「おじさまがサトミみたいな美人と付き合ってるなんて信じさせるのは無理がある」
「あ、そっか」
サトミの返事だ。ちょっと素直すぎじゃありませんこと?
「あたしのマントを貸すよ。それを自然に広げたらいけるんじゃないかな? となりにサトミにも並んでもらってさ」
「成程な」
ミケは立ち止まるとマントを外し俺に渡してくれた。マントを羽織る。ふわっとミケの香りが漂う。ミケの体温(ぬくもり)が俺を包む。マントで隠されていたミケの体のラインがあらわになる。しかもミケは俺の少し前で地面を歩きながら調べるためか腰を折り曲げて地面に顔を近づけている。
伸ばせば触(ふ)れる間を置いて 回って踊る甘い桃 素直に伸びる俺の俺
いかん、一句を詠んでしまった。そんな場合じゃない。俺には使命がある。ミケを見張りたちから隠すようにマントの中で心持ち腕を広げた。
「それじゃ足りないんじゃないか? もうちょっと広げたほうがいい」
「あ、いや、でも……」
「いいから広げるの」
サトミが俺の後ろに回ってマントを広げた。その時だった。
「必要な情報は出そろったよ。そこでおじさまに質問があるんだ」
振り返るミケの瞳。何かに気が付いたのか俺の瞳から目をそらした。その目線は俺の顔ではなく俺の俺に向けているのを隠そうともしない。しかも好奇心を隠すことなく興味深げに腰を折り曲げ真顔で見ている。
言いたかった。
其処に俺はいないから存在証明(アリバイ)を求められても困ります。
動きを止めた俺にミケは言った。少し笑ってる。
「にゃるほどぉ…… これがおじさまの出した跡?」
「いや、出てない出てない。なんにも出てない」
顔が火照る。耳まで赤いだろう。小娘二人に翻弄される自分を恥じた。体がこわばって考えがまとまらない。
サトミがマントを広げたまま俺の横から顔を覗き込んできた。頬を赤らめ瞳は爛爛と輝かせ口元には抑えきれない笑顔が張り付いている。
サトミが弾む声で言う。
「おじさま。何か一言」
「え? で、でも……」
「いいから言う」
思わず口をついて出た言葉。
「な?」
俺は二人の若い娘に見つめられながらも顔から火を噴きそうな恥ずかしさの中うつむいた。春先に現れる道を踏み外してしまったトレンチコートを羽織った裸の王様たちの姿が頭に浮かんだ。
ところで俺たちは今日中にギルドにたどり着けるんだろうか……
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