第19話 冒険者ギルド登録3
奴隷たちの間に間に鞭を振るう奴らがいた。俺がぶっ飛ばした上司と姿が重なる。一方奴隷の姿に重なるのはこんな俺の姿だ。
人目がないときを見計らってニコチンの煙と胃薬を砂糖たっぷりの缶コーヒーで流し込み、胃もたれと息苦しさに胸に手を当てながらも、いつか報われると信じてほっと息をつく。それからこれも仕事だと言い聞かせ、自分より弱い者を叩くことで自分を支えている弱い者たちに顔に張り付けた愛想笑いを向けるネクタイ姿の男。
かつての俺だ。
報道で実際に起きたテロリストが行う残虐な処刑や、軍による民衆への一方的な蹂躙、居場所を求めて国境付近によし寄せる難民、そういった映像を見てきた。興味本位でスマホやパソコンを使ってモザイクなしの画像も見た。フィクションだったらもっと残酷なシーンも見てきた。
ただ山車を引っ張らされてるだけだろ? とたかをくくっていた。
生で見ると全く違う。風がある。臭いがある。画面には収まらないものが目に入る。倒れこみ動けなくなった爺さんがいた。奴隷たちはみんな縄でつながれているらしくキルモンの動きが止まった。鞭を振るう奴はあっさりと爺さんの背中に剣を突き立てると縄をほどきその爺さんの前後にいた奴隷たちを縄で結んだ。騒ぎになることもなく淡々と行われていた。
まるで世紀末伝説じゃないか。他人事のように思った直後。
吐き気がした。
自由になったつもりでいてもこびりついた屈辱の記憶が水に流されることはない。純粋無垢な子供じゃない。いい年齢(とし)したおっさんだ。世界が不条理で残酷なことなんて骨身に染みて理解してると思っていた。本気で死のうとするくらいには苦しんだ。だがそれは曲がりなりにも人権という概念がある世界での話だった。
拍手ができない。
俺は人目を避けるようにこそこそとサトミとミケのところに戻った。ミケはキセル、サトミは瓢箪に口をつけていた。
「すまん。観察どころじゃなかった……」
うつむく俺にサトミは言った。
「なんでもいいから喋って。いやな思いは言葉にして吐き出せば海と空が溶かしてくれる」
「ありがとう…… 思い出した漫画があるんだ」
「まんが?」
「絵と文字で描かれた物語だね」
ミケがサトミに補足する。
俺は頷き話を続けた。
「それでな。こんな話があったんだ。周りの人間がキルモンみたいな形に見えて奴隷のそいつらと俺は違うって胸を張るサラリー…… 傭われ商人がいてな」
「うん」
「日々過ごしていくうちに自分も他の奴らと同じキルモンみたいな形の奴隷だったってことに気が付くって話だ」
「うん…… そっか……」
サトミはそう言うと足を踏み出しふわっと両手を広げて俺を包み込んだ。戸惑う俺の耳元でサトミは言った。
「人の温もりは自分を取り戻させてくれるでしょ?」
「あ、ありがとう……」
背中にも心地よい圧と温もり。
「にゃるほど。こんな効果があるんだね。タヴィとはまた違うもんだね」
ミケが俺の背中に顔を埋めている。
ありがたかった。気持ちがほぐれていく。そしていつもの俺が取り戻されたことを俺のタケノコがノックで教えてくれた。ここでサトミの肩に手をかけガバッと引き離すほど純粋無垢ではない。世界が救われるまで禁欲するような大人物でもない。ただ性欲を相棒にもライバルにもしながら必死で生きてきた、ただの男。それが俺だ。さっきの爺さんの顔が浮かびわずかばかり胸が痛むだけだ。
それに加えて俺のタケノコのノックは俺自身にしかわからない程度のささやかな、聞いている相手を驚かせないように配慮したものだった。サトミにバレることはないだろう。いい年齢(とし)したおっさんだからな、俺の俺も。
調子を取り戻したところで俺は言った。
「でも、どうしてあいつら魔法でキルモンを運ばないんだろう? 」
ミケが答えた。
「無理だよ。奴隷たちのあの様子じゃあね。というよりは魔法が使えなくなるほどに疲れさせられたんだろうね」
さすがだ。なんだかんだでよく見てる。この分なら聞いても大丈夫かもしれない。
「なあ。あの中にお前たちの知り合いはいたのか?」
二人は首を横に振った。
「ミケが爪を仕舞ってから二人で見に行ったけどな……」
「サトミはそう言うけどお爺さんがやられたときに切り込みに行くのを止めるの大変だったんだよ」
二人は笑顔であれこれ言いあい始めた。
たくましいな。そしてまぶしい。俺は爺さんが殺された場所に向けて手を合わせて頭を下げた。何もできなかったことを悪いとは思うがいつまでも引きずるわけにもいかない。俺たちの冒険は続いていく。俺は疑問を口にした。
「でも、そもそもあいつら何しにきたんだろ? キルモンであの化け物倒すためなら魔法が使える奴らのほうがいいんだろうし」
サトミが言った。
「きっと奴隷船さ。見たところ魔神教の民みたいだな。ジタレイン海をめぐってタクゴー帝国とピアッケ帝国が小競り合いを続けてるんだ」
「そうか」
「ああ、それで、行きがけの駄賃として大蟹を仕留めたんだろう。あれだけのキルモンを動かせるなら簡単なことだ」
「え? あれ蟹なの?」
「ああ、美味いゾ」
あらやだ、サトミがクッキングなパパに見えてくる。築きたかったなぁ、団らんのある暖かい家庭…… 否、これから築けばいいのだ。夢見るおっさんでいさせてもらう。
俺の輝いているであろう瞳を見てサトミはさらに笑顔で言った。
「勇者教の奴らは喰わないからもしかしたら今日ふるまわれるかもな」
「そうか。じゃあ今日も宴だな。ところで勇者教の奴らが蟹喰わないってなにか戒律でもあるのか」
「ああ、人を喰う獣の肉は喰っちゃだめだったはず」
わおっ! 聞きたくなかった。いや、こんな繊細なことを言ってちゃだめだ。気合を入れろっ! 他に考えなきゃいけないことはないか? あ、そうだ。
「なあ、あのキルモンを引っ張ってたのが魔法が使えないほど疲れさせられてたとしてだ。キルモンの魔力はどうしてるんだ?」
「ああ、いるんだよ。一人でキルモンを動かせるような魔法使いは。私たちの船もそれにやられた」
「そうか…… 化け物っているんだな……」
ミケが言った。
「あたしたちの化け物はいなくなっちゃったけどね」
「へ? どういうことだ?」
「にゃあに、簡単なことさ」
俺は首を傾げた。ふと気が付いた。
「あ、ないっ! 俺たちのゴブリンがないっ!」
平然とタヴィを吸うミケ。きまり悪そうに目を背けて瓢箪に口をつけるサトミ。
「成程。そりゃキルモンや大蟹でかすんじまったがあのゴブリンもなかなかの大物だもんな……」
そりゃ、これだけ目を放したら持ってかれるよな。だってこの世界は理不尽で残酷なんだもの。俺たちの苦労が水の泡だ。
「そんな怖い顔するな、おじさま。また狩ればいいさ」
「そうそう、ゴブリン奪われても経験は奪われないよ」
くそっ。労いの気持ちから気が付かない振りをしてたけど大八車を引っ張ってたの俺だけでお前ら押さずに乗ってたの知ってるんだからな。
「ほら、そんな顔してないでなにか喋って。空と海が悪いものを溶かしてくれるから」
俺は空に誓った。
「喰い尽くしてやるっ! 大蟹の雑炊だろうがウミガメのスープだろうが一滴残らず喰い尽くしてやるっ!」
二人はそんな俺に小さな拍手を送ってくれた。
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