第16話 丘の上の愚か者ども2

俺は二人が笑い終わるのを見計らって咳払いをした。俺の態度から察したのかこちらに真顔を向けてくる。二人の若さと美しさに気おされそうになる。この世界の基準は知らないがタイプは違えど二人とも令和の日本だったら間違いなく評価される見た目をしている。


気を取り直して言った。


「こんな言葉があるのを知ってるか? 賢者は歴史から学び愚者は経験から学ぶ」


 二人とも頷いた。


 だったら話が早い。俺は言った。


「俺がいた世界はここよりも文明が進んでいる。それはこの世界よりも歴史があるってことだ」


 ここまで言うとミケは言った。


「にゃるほど。おじさまはあたしたちの東の果ての島に行くのは無理だって言いたいんだね?」


「なぜだ?」


 と、サトミ。


 俺は科学的な知見なんてまったくと言っていいほどない。たまたま見たSF映画で地球を救うために宇宙飛行士があらゆる星に行くというものを見た。それもリアルな考証が評価の高かったその映画に対して、結局、良くも悪くも愛って重いよね? ってことなのか? というような見方をしていたような男だ。


 だがそこで人が住める惑星というの存在は奇跡に近いと知った。当然、人が住めているこの異世界のこの土地も地球と似たような惑星の上にある。そして、月、のようなものだってある。惑星としての条件が似ているのだろう。


 あのときあり得たかもしれない世界線という中に、魔法が使える生物が知性をもって進化した地球、というものがあってもおかしくはないだろう。地球と同様の広さならば中世ヨーロッパ前半程度の文明と思われるこの異世界において東の果てへの旅路は死にに行くようなものだろう。まだ航路だって無いに違いない。


「きっとその東の果ての島はお前らが思ってるより遠い場所にある。伝説程度にしか知らないんだろう?」


 二人は頷く。


「俺くらいの歳まで生き残れるほうが少ない世界なんだろう?」


 サトミは頷きミケは首を横に振った。


「そうか、生き方によっていろいろあるんだろう。だけどどっちにしろ東の果ての島に行くまでに人生終わっちまうんじゃないか? 陸路も海路も危険がいっぱいだ。ゴブリンと戦ったいまなら俺でも二の足を踏む。たとえ親の仇を取るためとはいっても」


 二人は何も言わない。サトミは酒を、ミケはタヴィを口にしただけだ。俺は言った。


「お前らの気持ちがわかるなんて俺には言えない」


 俺の頭に父親が最期に残した言葉が浮かんだ。「頑張ったのになぁ」虚空を見ながらそう言いこと切れた。病院の清潔なベッドの上でだった。


「自分らしくあるために意志を貫くのも大切だけど命あっての者だねなんじゃないか?」


 ここでミケが反応した。


「おじさま。ちょっとこの推理は自信がないけど、おじさまは日本へ連れていってくれるって言ってるの?」


 サトミも言った。


「ああ、おじさまがヒノモト、じゃなくて今は日本か。そこから最新式の軍船一隻でも持ってきてくれたらそれで済むんじゃないか? 私たちの夢は」


 絶句した。


 何も言えずに口をパクパクと動かしている俺を見て二人はクスクス笑う。


 サトミが言った。

「嘘だよ。そんな力があればこんなところにいないのはわかっている」


 ミケも言う。

「それにあたしたちもあくまでも、できたらいいなあぁという夢として言ってるだけでね。さすがに旅だった時と考えは変わってるよ。いろいろあったからね」


「いや、私はまだあきらめてないぞ? 私がだめでも私の子供や孫が成し遂げるかもしれない。五六人も産めば向いている子も生まれるかもしれない」


「そっか…… なんだ。二人ともちゃんと将来のこと考えてるんだな」


「いや…… さっきの言葉を借りればミケは体験から学んでいる。私はきつい思いもしたがいつか父上の仇を取ることは忘れられないんだ。忘れられれば楽になれるかとどんなに考えてきたことか。でも無理なんだ。一番の愚か者だよ。私は」


「いや、それがわかってるだけでもいいんじゃないかな。あたしだって書物で何かを知った気になっていただけ。怖い思いをするまでは自分だったら絶対にできると思ってたもん」


 二人はそう言って微笑みあった。するろ悪戯っぽい笑顔を二人で見せ合ったかと思うとこちらを向いて二人同時に言った。


「「おじさま。」」


 わけもなく嫌な予感がし背中を冷汗が流れる。


「な、なんだい?」


「「はっきり言って。一緒にいたいのか、消えてほしいのか」」


 一番愚かなのは俺だった。自分で結論を出さずに彼女たちの反応次第で決めようと思っていた。そこには俺自身の考えがない。


 殊勝な気分になった俺は腰を下ろしていた丸太から降り両膝をついて頭を伏せて言った。


「冒険が…… 二人と冒険がしたいです」


 サトミは言った。


「今度タケノコの皮をちゃんと剥いて火を通さなかったらそこで冒険終了だよ」


「え? ああ、うん。通すよ。ちゃんとタケノコの皮を剥いて火を通す」


 ミケは言った。


「できないことはあきらめてもいいんだよ? 冒険終了したなら次の冒険を始めればいいんだから」


「え? ああ、うん。できない冒険はあきらめてとっとと次の冒険を始めるよ」


「「「ん?」」」


 三人の疑問の声がそろった後、俺をロックオンして動かない二人の笑顔を交互に見ながら、なんとなく俺たちの冒険はこれからだ……そんなことを思っていた。

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