第15話 丘の上の愚か者ども
ミケが罠で仕留めた新鮮なうさぎを焼き、サトミが清流から釣ってきた川魚を串焼きにし塩で喰い、俺が井戸から水を汲みマイに頼んで調達しておいてもらった味噌と里の中で自生しているタケノコを掘り出して適当に切ってぶち込んだ味噌汁を作り、腹を満たした。
いい年齢のおっさんの俺がこの世界では一番を仕事ができていないことを思い知らされる。
「悪いな。大したこともできなくて」
「いや、この味噌汁っていのは冷めても美味しいよ。これが日本の味なんだね」
「うん。地元でも醤油も味噌もあったけどこれはこれで美味い」
結局俺はタケノコを引っこ抜くくらいしかできてない。まあ受け入れよう。それでも一緒にいてくれることに感謝するだけだ。
ミケがキメてるタヴィの鼻をくすぐるタヴィの香りがあたりを満たす月夜の下。たき火に照らされながら穏やかな時間を過ごしていた。サトミとミケの二人の顔は何かを見出すように炎を見つめていた。俺はしばらく夜空を眺めた。月が一つ出ている。ここはマーロンからくると少しづつ登リ坂になっていく。わずかばかりでも標高が高いからかマーロンで見る夜空よりも美しく見えた。意を決して告げる。
「なあ、そろそろお互いの気持ちを確認してみないか?」
「ふっ…… 口説きたいならもっとはっきり言うか手を差し伸べてほしいものだな」
「あたしは悪くないと思うよ。態度に現れるのを推理するのも楽しいからね。想像の余地がないのは物足りない」
俺は思わず言ってしまった。
「な、なんだよ、俺が口説けば相手してくれるのか? お前ら」
冗談めかして言ったつもりが、俺の上目遣いと自棄に火照る顔色で願望が混じっているのはすぐ見破られたのは自覚した。
二人とも見つめ合ってクスクス笑う。
くそっ! 女って自分ははっきり言わないくせに人には言わせたがるし、男の気持ちは単純だから顔を見ればわかるなんて言いつつ当ててみろと言ってもはぐらかすんだよなぁ。まあ、俺は現在進行形で考えを見破られているけど。
はっ! いかんいかん。女じゃなかった。あの女のことを女性全般ひとくくりにしてしまった。
くそっ! 俺がわずかに知ってる女に関する二三の事柄なんて、あの女の代名詞みたいなものじゃないかっ!
こんなんだったら相手の気持ちに配慮しないで、だまくらかして、無理やり酒をのまして、やりまくってやりゃよかった…… なんて嘘だ。俺は人より多くの相手と身体的な接触をしたかったわけではなく、あ、いや、それもむちゃくちゃしたかったが、俺が一番欲しかったのは、一緒にここにいてほしいと望まれることだった気がする。まあ、モテる奴は卵が先か鶏が先かは知らないがそういったことを両立しているのだろうが……
まあ、身体的な接触はさておき、俺はこれから二人と共に生きるのか距離を置くのか決める覚悟をした。二人の背負っているものが俺とは違いすぎる。深く突っ込んで聞けたわけではないし、あえて確認する必要も感じていないが二人とも親を殺され、それまでいた共同体から暴力で無理やり引きはがされた。
サトミは船乗りとは言っていたが、言動から海賊じみたこともしていたのが窺いしれた。自業自得な面もあるのかもしれない。それに本人はそのつもりなのかもしれないが略奪や人殺しの経験もあるのだろうと思う。だが、それ自体を俺が日本人の感覚で否定する気にはなれない。
程度の差こそあれ、資本主義世界の労働者として他の法人、中で働いている生身の人間たちと戦ってきたのだ。いや、政府が自己責任の名の下に、自分たちは利権をむさぼり、国民には負担を押し付けていたころには元々俺がいた会社も吸収された。吸収側の会社に残れる人員は限られていた。
俺は当時はまだ若かったから引き取られた。吸収されるまでの間、仕事も奪われ、デスクの椅子に押し付けられ一日中敗軍の将たる無能な上層部たちに囲まれ自主的な退職を迫られる者たちを毎日のように見た。育ち盛りの子供を抱える中高年の者たちだった。その数は日に日に減っていった。入社当初俺をかわいがってくれた先輩もいた。そして、誰もいなくなった。
上層部の奴らは多少ランクは下がったが俺よりは上のランクとして取りこぼしなく移籍していた。
そんなことがあったからか俺を助けてくれた彼女に人殺しの経験があったところで気にはならない。第一時代や地域が違う。俺が彼女と同じ時代や地域に生まれたとして、意志の力をもって「たとえ略奪しにきた相手であっても攻撃してはいけないよ」なんて周囲の人間に説き伏せることはしない。むしろ率先して迎え撃つだろう。仲間を飢えさせないためなら進んで略奪にも参加する。
ミケの方はあまり人と関わってこなかったようなことを言っていた。本ばかり読む変わり者だったと。だが会話を通して情報のやりとりが早くて正確なことが窺われる。ゴブリン迎撃のとき落下する俺を助けるために土とゴブリンの血液を混ぜることを提案したのはミケだった。サトミの呑み込みが早かったとも言えるのだろうが、あの短時間にそれだけのイメージを共有する情報を発信したのはミケだ。
それにミケはテンブリの北の海を越えた大陸から着たと聞いた。ここに来るまでに人の手を借りないで済んだとも思えなかった。俺だったらできっこないだろう。俺は二人に尊敬の念を感じ始めていた。
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