第14話 黄金伝説8
日本でなじみのある冷えたガラスのジョッキに入れた乾杯とは違ってサトミとミケは何やら銀色の金属のコップ。俺は竹を手作業で細工したコップ。いい響きと言うわけにはいかなかったが心が浮き立った。
歓談が進んでいくとミケがやおらキセルを取り出して言った。
「おじさまもやる? 」
俺は首を横に振った。
「やめたんだ。昔はやってたけど肺を悪くしたくなくてな」
「ああ、煙草と誤解してるね。これはタヴィと言って、中毒性もないし心と体の鎮痛薬としての効果もあるんだよ」
何やら怪しい薬を正当化する輩の常套句がでた。だが彼女たちの文化だ。日本人の感覚を押し付けるつもりもない。
「それに、おじさま」
「なんだい?」
「君も吸ってたよ。とっくに」
「え?」
「ああ、あたしが吸わせてたのさ。痛みが激しそうだったから。まあ、ミケのタヴィじゃなくあたしの薬草だけどね。効果が切れたらまた痛み出すかもしれないから、その時はすぐに使ったほうがいい」
サトミの言葉に素直に尋ねた。
「わかった。でもどうやって俺に吸わせたんだ?」
「私は船乗りだよ? 人工呼吸はお手の物」
「成程」
ああ、俺はいつだって過ぎ去ってからそれが大切だったことに気づく。いや意識がなかったのだから仕方ないか。いやでも本当にもったいない。
そんな俺の思いはつゆ知らずミケとサトミはキセルを回しあっていた。目を細めて、頬を緩めて穏やかな表情で美味そうにタヴィとやらを味わっている。俺の視線に気が付いたのかミケが言った。
「そうそう。おじさまに聞きたかったんだけどね」
「改まってなんだ?」
「里の言い伝えだと日本にはタヴィが山一面に生えてると聞いたんだけど、実際どうなんだい?」
「いや、どうだろう? 聞いたことがない」
「そうか。やはり、この世界の東の果ての島なんだろうな」
「なにが?」
「タヴィの葉が一面中に広がるという島さ。あたしはそこを目指している」
「そうか。あるといいな」
「あってもらわないと困るんだ」
「どうして?」
ミケは酔ったのか饒舌だった。理性的な仮面は取れ伏し目がちで目じりにはうっすら光るものがある。
「よくある話だよ。人が増えた。食料が必要。畑を増やしたい。森を切り開く。森で生まれ育ったあたしたちは追われていく。書物で繰り返しでてきた話とおんなじ。そして森に留まる者、町に出ていく者、いろいろ。ほんとにいろいろ。そしてあたしも森を出た。元々誰も興味を持たなかった書物を読み漁ってた変わり者だったし、父も兄も戦って、母は私と逃げる途中でね……」
「そうか……」
サトミも自分の身の上に重ねたのか瞳を潤ませうなずいている。
「そして、どうせ森を追われるのなら伝説のタヴィの島に行ってやろうと思ったのさ。そこで誰にも邪魔されない猫族の楽園を作ろうと思ってね。仲間を探しにこのハジマーリの里に来てみたんだけどここもとっくに滅ぼされてたとはね……」
湿っぽくなってきた。だが営業マンが取引先を接待をしているわけじゃない。そのままでいい。俺にできるのはただ聞くことだけだ。沈黙がしばらく続いた。だが突然言われた。
「おい、おじさま。君はどうなんだね!」
「そうだ、そうだ。人にばかり話をさせて!」
若い娘二人がタッグを組んで俺を責めだした。観念した。だが、彼女たちの境遇と比べて他愛もないことを掘り下げて言う気にもなれなかった。若干早口で言い切った。
「いやあ、妻に裏切られて自棄になりましてね。で、酒と女の涙を見た勢いでムカつく上司をぶっ飛ばしてやったんですわ。そんでもって牢屋に入れられるくらいなら死んじゃったほうがマシだ、なんつってね。そこでまあ命がもったいないよって導かれるようにここに来ましんて。そんで異世界に来てまで日本人にありがちな同調圧力に付き合ってられるかってなもんで冒険者ギルドに登録しただけ、の、ようなもの、っすわ。あちきなんてこんなつまらない男なんでゲスよ」
二人は顔を見合わせた。同時に声を揃えていった。
「「飲みが足りないぞ。おじさま」」
まさか剣と魔法の、自由と冒険の異世界に来てまで同調圧力を受けるとは。
俺は毎度毎度ノーベル文学賞候補に名前が上がりながらも受賞できない作家が描く主人公、あるいは小説家気分を味わおう系小説の主人公のような気分でこういった。
「やれやれ」
そして俺はキメ顔でこう言った。
「しょうがねえ、接待で鍛え上げた俺様の飲みってものを見せてやる」
サトミは指笛、ミケは手を叩く。
「俺は酒を飲むことに関しては特殊な訓練を受けてきたからな。絶対真似するなよ」
勢いよく二人に言うとまずは竹コップのワインを一気に飲み干した。
「飲ませたいなら注(つ)ぎたまえ。ミケ君」
挑発するように竹コップを差し出すとミケはニヤリと笑い袋からなにやら取りだした。
「にゃらば、このあたし特製の蜂蜜酒だ。美味いがきついよ?」
「望むところだ。カルアミルクやバーボンソーダに手こずっていた頃の俺とは違うぜ?」
そんなことを言っているろビールを思わせる色の液体がなみなみと注がれた。竹コップを覗き込むと朝日を受けてキラキラと煌いている。
蜂蜜酒か…… 飲んだことはないが大丈夫だろう。サッカー選手に絶対に負けられない戦いがあるように、営業マンには絶対に断れない酒があるっ!
あれ? 何故、俺は営業モードだ? まあ、いいか。気分がいいんだ。呑んじまえ。
「よっし、見てろよっ」
俺は立ち上がり竹コップを天にかざした。ショットガンと呼ばれる飲み方がある。アメリカの学生がやるビールの底の方に穴を開けてそこから一気に飲み干す。それを真似るつもりだ。想像の中で朝日を受けて滝のようにほとばしる黄色い液体は池を作り湖になりやがては海になる。日差しなど関係なく自ら光り輝く黄金の海。
人には人の黄金がある。俺の黄金はなんだろう? わからない。だが気心知れた仲間と酒を酌み交わす時間は俺の黄金の一つのはずだ。
「お前らの黄金はよーくわかった。よく見てろっ! 俺がお前らの黄金を引き受けるっ! よく見てろっ! 俺がっ! 飲み干すっ! お前らのっ! 黄金をっ!」
そんなことを叫ぶと竹コップの下の方を魔法で穴を開けた。ホースで水を撒くような勢いで注がれる黄金の液体を口で受け止め始めた……
尿意を催して目が覚めた。ねぐらにいた。用を足してかまどに戻ると二人がいた。すっかり片づけられている。
「ごめんごめん。少し寝ちまったらしいな」
「少しじゃないよ。一昼夜」
あきれ顔のミケが言う。
「おじさま。少し酒の飲み方を覚えたほうがいいな」
これまたあきれ顔のサトミが言う。
「ああ、すまない。気をつけるよ」
言われてみればそうだ。鎮痛作用のある薬草の煙を吸って、久しぶりのアルコールをあれだけの憩いで飲んだらそりゃ潰れる。戦闘のときに体内に湧き出ていたアドレナリンの影響もあるかもしれない。いい年齢して若気の至りのような真似をした。
俺はなんとなく照れくさくって二人と少し距離をとって座り咳払いをしてみた。サトミとミケが見つめあった。サトミが言った。
「おじさまの趣味がどんな趣味であろうとかまわないがあれは人前ではやらないほうがいい」
「あれって?」
ミケが言った。
「蜂蜜酒を飲んだよね? 覚えてる?」
「あれ? 僕(ぼく)、何かやっちゃいました?」
何かやらかしてしまった不安から一人称が幼い時の僕になったのは気が付いた。しかし俺はあれかフラフラになりながらも自分でねぐらに戻ったはずだ。記憶を飛ばしたわけじゃyない。不埒な真似して覚えていないということはないはずだ。
顔を赤らめ言い淀むサトミ。いつもの切れ味がない。それを見たミケは悪戯っぽく笑って言った。
「人には人の黄金がある、ということだよ。君が言った通りに」
「え?」
それでも俺は首を傾げた。だが、若い娘の前でやっちゃいけない飲み方があるのは学んだ。だけど、訪問販売員を追い返す鍵っ子のようにこうも思う。
だって、そんな若い娘の気持ちなんて僕おじさんだからわかんないや。
「まあ推理してみたら」
「もういいって!」
間髪入れずに言うサトミの顔は照れくさそうに笑っていた。それを見てミケも笑う。人には人の黄金がある。親しい人の笑顔もその一つだ。
サトミが何をもってそんなに照れくさそうにしているのかまったくピンとは来なかった。
これじゃ俺はまるで昔よくいたラノベの鈍感系主人公じゃないか。
そんなことを思いながら朝日に照らされながら黄金色に輝く二人の笑顔に一所を懸命に守る価値を見出していた。
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