第13話 黄金伝説7

「にゃるほどね」


「お、正解か?」


 ミケの問いに対して俺が考えた答えはこうだ。その場面を想像するとなかなかにグロテスクではあるが死ぬかどうかの瀬戸際だ。そうも言ってられない。


 ミケが土魔法で土をできるだけ高く盛り上げる。それだけだと衝撃を吸収させるには固すぎる。そこで水を使えるサトミの出番だ。土を泥んこ状にしたのだろう。ミケが立てた土の柱に水芸のごとく注ぎこまれた液体がなんであったかはあまり考えたくない。


 まあ、見た目的には流血ありの泥んこデスマッチ状態だったんだろう。どうせ泥んこプロレスするなら「男女混合バトルロワイヤル、ポロリもあるでよ」でお願いしたい!


 というのが本音だが命の恩人である若い娘二人にそんなふざけたことを言うほど無神経ではないつもりだ。


「うん。ところでどうしてあたしが土使いだってわかったんだい?」


「逃げてる最中ゴブリンが転んだろ? お前が魔法で土を盛り上げて転ばせたんじゃないか?」


「ふぅん。いい観察眼だ。君は見込みがありそうだ」


 ほめられたことより気になることがあった。うっかり気を許して女子にお前とか言ってしまったことだ。 命の恩人にこんなつまらないことで気分を害させてしまっては申し訳ない。と、ともに「あたし、あなたにお前なんて言われる筋合いないんですけどぉ」なんて扱いが面倒くさくなったら厄介だとも思った。


 かつて俺がいた日本の職場で女子社員にそんなこと言ったらどうなることやら。もちろんデリカシーのない奴らはお構いなしに年上の部下である俺のことさえお前呼ばわりするし若い女性社員すら平気で怒鳴りつけたりしていた。


 まあそこは部下の手柄を自分のものに、自分の失敗を部下のものにするような奴らが出世するような会社だ。人を利用することに心理的な抵抗を感じるまともな神経の持ち主たちは酒の場で愚痴るか泣き寝入りするのがせいぜい。中には人を利用する男たちの愛人になりその男たちを利用し権勢を振るう猛者もいた。


 恐る恐るミケの顔を見てみると全く意に介していないようだった。


「それにあたしのことをお前だなんて丁寧に呼ぶ必要はないよ」


「え?」


 俺の戸惑い顔にミケはすかさず言った。


「ああ、にゃるほどね。あたしが学んだ言葉と君が使っていた言葉は時代のずれのせいで意味が変わってきているんだね」


 確かに、中学や高校の授業中、古文が日本語と言われてもなれるまでになかなか受け入れがたかった。だが、思い出す。確かお前という呼び方は昔は御前様とかいって相手への丁寧な呼び方だったはずだ。言われてみれば貴様というのだってそうだ。昔は丁寧な呼び方だったのにが変化してる。


「すごいな。よくそこまで頭が回るな」


「にゃあに。簡単な推理さ。恐らくあたしたち三人、微妙に違った意味合いで言葉を使うことがあるだろうからね。サトミとあたしの故郷は離れているしお互いにそれは認識していたほうがいいね」


「そっか。お互い聞きなじみのない言葉でも反射的に反応しないほうがよさそうだな」


「うん、まあ、でもあたしをお前と呼びたいならそれでかまわないよ。むしろ丁寧に呼ばれた気がする」


「わたしも」


「ありがとう」


 サトミもそう言ってくれた。よかった。社会に出てからマナーとして言葉遣いに気を使ってきたが気の置けない仲間には素で喋りたい。所詮先祖はせいぜいよくて農民、親だって無名の会社のサラリーマンの庶民の子。生まれ育った時からきれいな言葉を使っていたわけじゃない。


 日本出身のしかも思春期真っ盛りであろうマイ相手とは違ってより自分らしい言葉で語り合えるというのは本音を伝えやすくありがたい。


「宴だよ。宴の時間だ、二人とも。親睦を深めるにはともに喰って飲むに限る。とっておきの果実酒を開けよう。二人とも準備ができたらかまどに来い。火を入れておく」


 俺とミケの間に割って入って瓶をつきだしてきた。唐突だなとは思いながらもなんとなくサトミの心情を推し量る。もちろん他人の気持ちなんて当たるも八卦当たらぬも八卦だがリーダー的責任感が働いたのだろう。打ち解けていく俺とミケに妬いたなんて思うほどのぼせていない。もちろんそうであったら…… やはり嬉しい。モテない男の性だ。怖いとかめんどくさいとかなんて思えない。


 俺は準備をするとミケと隣り合ってぞろぞろとかまどに向かった。かまどに向かった。そこで、お互いに食料を持ち寄り火をたいて食べる。驚いたことに日差しまだ朝のそれだった。空気も冷ややかでさわやかだ。頭の中がクリアになっていく。


「すごいな。あの戦いはすごく時間がかかったように思えたけどあっという間だったんだな」


 俺の問いに隣を歩くミケが振り向いて答えた。


「にゃあに、君は一昼夜倒れていたのさ」


「え? そうなのか」


「うん。サトミに感謝したまえ。ずっと君に付き添っていた。かいがいしく世話をしていたよ。きっと寝ていないだろう」


 言葉が出なかった。なんで知り合ったばかりの俺にそこまで…… その行為を純粋にありがたがるだけでいられるほど若くはないつもりだ。きっと……


「贖罪かもね」

 

 ミケが言った。


「どうしてわかる?」


「にゃあに、ちょっとした推理さ。人の気持ちに正解はないけどね。彼女の言動は人を指揮していたもののそれだからね。そして君を僕(しもべ)と言った。まともな指揮官なら自分の指揮で僕を危険な目に合わせたら罪の意識を感じるのは自然だろう?」


「いや、でもそこまで……」


 もし、本当ならすべての権力者たちにサトミの爪の垢を飲ませてやりたい。


「まあ、犬族特有の情の厚さもあるだろうがね」


「そうか……」


「おっと、あたしに情の厚さを期待しないでほしいな。あたしはあたしの自由が一番なんだ。情に流されるような真似はしないよ」


「ああ」


 俺は俺が危険な目に合うことがサトミを危険に巻き込みかねないということを頭に入れておくことにした。


「とかくこの世は住みにくい…… か」


「ははは、故郷は住みやすかったかい?」


「いいや」


 俺とミケは顔を見合わせ笑った。


 屋外で火を焚いているとまるで自分がリア充になってバーべキューパーティに参加している気になる。宴と言ってサトミがあけた果実酒、きっと色と匂いからして赤ワインみたいなものだろう。それがそれぞれに器に注がれていざ乾杯というときだった。


 このままはしゃげばいいのになんとなく空気を冷やすようなことを言ってしまった。


「大丈夫か? こんなことしてて新手が来たら……」


 心配する俺にミケはこともなげに言った。


「心配ないさ。これでも広大な森で生まれ育ったんだ。奴らの習性はよく知ってる。あたしたちが手ごわいと知ればクマやイノシシに狙いを定めるさ」


「そうか」


「ああ、あの森はオークもいるようだし、それほど大規模な集団には育っていないだろう」


「成程」


「それにここにいた先住民も対策してたんだね。森との境目は堀になってる。丸太橋はあたしがすべて落としてきた」


「ありがとう。俺は全く下調べが足りなかったよ。甘いなあ、俺は。サトミの言う通りだ」


「ん? 何がだ」


「この歳まで生きてこれたのは俺が平和な場所で生まれ育ったからだって。もちろん不満はあったし、危険な輩はいたが寝る場所は食い物に困るようなことはなかったし、猛獣と直接戦うようなことはなかった」


「そうか。まあ気にするな。自分が何者か決めるのは氏と育ちだけじゃない」


「ん、他にあるのか?」


「意志」


「確かに」


 俺たちの笑い声が収まったところでサトミが言った。


「私たちの勝利に乾杯」


「乾杯」


 俺たちは盃を合わせた。

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