第17話 冒険者ギルド登録1
異世界の朝は早い。
俺たち三人は夜明け前から出発しハジマーリで倒したデカブツゴブリンの胴体を大八車に載せて運んだ。そして門が開くのを待つ行列の中にいた。商業都市でもあるマーロンはキンドラン王国に属し王直属の軍隊が街の治安維持にあたっている。まあ、危険な害獣駆除は冒険者たちにお鉢が回ってくるが。
ま、そんなわけで堀と壁に囲まれたマーロンに入るには王直属の衛兵の検問を通っていかなければ中に入れない。害獣侵入のさいにすぐにことにあたれるように冒険者ギルドの宿舎などが整備されているが当然すべての冒険者を収容できるわけではない。仕事にあぶれないようにみな殺気立った形相で列に並んでいる。
だが、今日はちょっと様子がちがった。俺たちが倒したゴブリンはちょっとした見物になっていた。行商人や冒険者が俺たちに次々と声をかけてくる。語学に堪能な二人に支えられながら積極的に俺は言葉を交わした。気分がいい。みんな俺たちを称賛している。どうやって倒したか身振り手振りを交えて必死に伝えた。
わおう系小説みたいに俺ツエーですますわけにはいかなかった。依頼を受けて行った仕事ではないが、俺たちの能力をギルドにわからせることで報酬の高い仕事も回してもらえるようになることを期待した。それに肌の色が緑色とはいえ形が自分たちと似ているゴブリンの肉を喰うのには抵抗があるが、解剖して研究したり皮や骨を素材に、肉を家畜や養魚場で餌にする需要はあるだろう。
実際、他の三体のゴブリンはミケの指示のもとに解体した。骨や皮を加工することでいろいろ道具を作り出せるらしい。肉は肉食の動植物をおびき出す撒き餌として保存した。代わりというわけではないが俺は竹を使った水鉄砲を作って二人にプレゼントした。ポケットに収まるほどの小さいものだ。大した量は入れられないが何かの役には立つだろう。
というか、下の話なので伝えるか迷ったが実は俺はウォシュレット代わりに使っている。俺のギルドでの主な仕事は糞尿汲み取り人だ。各家庭に回って甕にためられた糞尿を甕ごと運び出し、中身を川に流して甕を各家庭に戻すという仕事だ。
そこでマーロンのトイレ事情を知った。ここの紙はまだ羊皮紙と呼ばれる羊の皮を鞣した紙しかない。そして高級品でもある。そんなものを用を足した後の尻拭いに使うわけないはいかない。そして、マーロンは石造りの街だ。葉っぱなんかも庶民が気軽に手に入る環境でもない。そこで、何を使っているかというと表面の滑らかな石だった。
まあ、日本の感覚で言うと歯ブラシみたいに、これはパパの、これはママの、これはボクの、みたいな感じでトイレに石が転がっている。初めてのころは「何に使ってんだよこんなの、汚ったねぇなぁ」なんて思いながら親切心でそれも運ぼうとした。するとそこの奥様にやんわりとそれを持つ腕を押し戻され察した。
と、いうわけでまあ俺から使い方を特に指定したわけではないが、彼女たちが夢を叶える前に不衛生を理由に病気になってしまったら馬鹿らしい。というわけで俺なりに彼女への感謝の気持ちを形にしたものだった。ミケ面白がって水鉄砲として目についた昆虫を狙って撃っていた。サトミは何やら察したのか少し頬を赤らめてポケットに忍ばせた。
俺からは特に何か言うことはなかった。
ゴブリンの話に戻るが首だけ持って行ってもいいかとは思った。だがサトミが落としたゴブリンの生首は森の入り口にさらしてある。他のゴブリンやオークなど撃退に苦労する魔獣たちへ縄張りを示す意味があった。生物として敵討ちよりも生存と種の保存の本能が勝るゴブリンたちはそれを見ると近づいてこないらしい。
ミケの話だと逆に森の中で人間がさらされていることもるそうだ。 奴らが人間の亡骸をさらし者にするのは危険を知りそれでもなお敵討ちのために縄張りに入り込んでいく人間たちの性質を活かした罠だそうだ。絶対にそこから先に入っていくなと警告された。
とまあそんなわけで種族として冷遇される可能性が高いサトミとミケに手出しさせないためには能力を認めさせたほうが早いということから結果を見せてやろうという話になった。ギルドの登録はできたとしても他の奴らからの扱いが心配だった。もちろん二人ならなんとかできるだろうがしなくて済むなら苦労はしないに限る。
ふと気が付くとサトミもミケも他の奴らに囲まれていた。笑顔で語り合っている。サトミの笑顔に犬歯も見え隠れしている。ミケは軽く手を振りながら笑顔でサトミの陰に隠れている。笑顔こそ作っているが人見知りしているのかその指先からは爪が伸びている。
マーロンでは犬族も猫族もいわれなき差別は受けなさそうだ。まあ、彼女たちに言わせれば俺は猿族だしな。日本人村ではマーロンは雑多な人種が集まり宗教も様々だから特定の宗教の優遇も冷遇もないとは聞いていた。だが実際に笑顔で語り合っているところを見て一安心だ。
いやむしろ他の冒険者たちに口説かれないか心配になってきた。あ、ひざまづいて馴れ馴れしくサトミの手を取りさわやか笑顔で両手を広げて何やら絶賛してるっぽい男がいる。イタリア男か。くそいかもイケメンだ。
もちろん彼女たちの恋愛は自由だが…… 俺は意を決して、まるでファンに囲まれて身動きできなくて困るアイドルを守るマネージャのように割って入っていった。
「ほら。あなたたち。仕事ある。行け。門に」
群がるスケベ野郎どもに手振りを交えながら大声で伝える。だが散らない。そこで日本語で彼女たちに伝えた。
「そろそろ行こう。俺たちが行ったほうが早い。な? 少しでも夢に近づくために俺たちに恋愛してる暇はないはずだよな?」
「うん? そうだな。で、恋愛ってなんだ?」
とサトミ。
「ははは。面白い表現するんだね」
とミケ。
俺が説明に困ってるとミケが言った。
「にゃあに、おじさまは独り占めしたくなっちゃったのさ。あたしが読んできた書物から察するに恋愛とは何かに心を奪われてしがみついちゃうってことなんだ」
「なんだ、それならそうと言えばいいのに。安心しろ。私は簡単になびくような女じゃないからな。おじさまも私の心を奪いたければもっと励むんだゾ」
と俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわすサトミの勝ち誇った顔、とその後ろで意味ありげに含み笑いをするミケ。
なにさ。サトミなんて小娘のくせに八十年代お姉さまキャラ風におじさんのことからかっちゃて。それにミケだって人の気持ちをパズル感覚で言い当てちゃって。おいら、あなたたちの可愛い弟じゃないんだからね。
なんとなく唇を尖らしてしまった。サトミに唇をつままれる。
「そんな顔しないで。ね? 私はきれいな言葉を並べ立てる詩人よりも汗や潮や血にまみれて手を汚す男に惹かれるんだから」
「あ、ああ」
あれ? 今さらっと血にまみれっておっしゃった?
「うん、言葉で考えるのはあたしが代わりにやるから。あたしも人や臭いや血にまみれて手を汚す男の人に惹かれちゃうね」
うん、間違いないな。血に塗れるのは必須なのね。 お二方。
まあ、しょうがない。旅が命がけのこの世界で遠路はるばるやってきた二人だ。それだけで優秀な人材だということはわかるし、自分にはない優れたところを持つ者と契りたいというのは女の本能なのだろう。それに頭の良さを求められるよりは体を張るほうが性に合っている。
俺たちの様子から何かを察したのか途端に興味をなくして散っていく野郎ども。
よっし、今日のところは俺の勝ち。そう思ってなんとはなしにガッツポーズをとった時だった。
「キルモンっ!」
誰かが叫ぶとどよめきが上がった。そして拍手が沸き起こった。みんな子供のような笑顔を浮かべ駆けよっていく。そしてパレードの観客のごとく道の両脇に並び手拍子を打ち鳴らしていた。
朝日を浴びながら近づいてくる。しかも五体ある。素材は金属だけではなさそうだ。光の反射の具合がそれぞれ違う。だが共通しているのは白く塗られていることだ。それらは貴族たちのものにすれば小さくスマートだが逆に洗練された印象を与えた。高さは4メートル程度でより人間の形に近い。
そして驚いたことにそのキルモンの前を何頭もの馬に引かれた荷台の上にキルモンの数倍は大きいであろう巨大な蜘蛛のような生物が横たわっている。
さらに驚いたことに貴族たちが引き連れていたような楽団も大勢の人員もいない。
「奴ら一人であんなもん動かしてるのか?」
俺の問いは歓声にかき消された。
「YKごぁじK;ヵSL!」
その言葉をきっかけに観衆たちは声を合わせて同じ言葉を叫びだした。すぐそばでうなり声が聞こえる。サトミだ。刀の柄に手をかけている。ものすごい形相でキルモンをにらみつけている。
いやな予感がした。俺は思わずサトミに抱き着き言った。
「今は抑えろっ。ミケも手伝ってくれ」
ミケはミケで顔こそ平静だが両手からすべての爪が伸びていた。
俺は悟った。尋ねた。いや、尋ねなくてもわかった。だが確認は必要だった。観衆が叫んでいる言葉。
「奴ら、もしかして勇者様万歳! とでも叫んでるのか?」
二人はただ鼻息を荒くした。
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