でもあいつは笑いながら殺したんだ、いい加減にしてくれよ

 虫も殺せないようなやつだった。少なくとも俺の知る八留は、心優しい男だった。

「でもあいつは笑いながら殺したんだ、いい加減にしてくれよ」

 ベッドに横たわる汐見が、吐き捨てるように言う。繋がれたチューブがこいつの命を守っている。でも汐見、あいつは俺に笑いかけたよ。優しい目をして。午後、窓際の椅子に座って本を読んでいたあいつの穏やかさを知っている。

「なんで、なにがいけなかったんだ」

 瑞樹さんがどういう人だったのか、きっと俺より汐見が詳しい。彼女が俺になにをしたのか。でも恋人にも見せない一面なんて誰にでもあるだろう、八留がそうだったように。反対だったらよかったんだ。俺と瑞樹さんがすっかり入れ替わって、人生が流れていればよかった。そうしたら、俺は、八留に隠された一面を知って死ねた。本望だ。

「十時から面会がある。もう行くよ、悪かった」

「あいつに伝えてくれ」

 殺してやる、とぼろぼろになった汐見が言ったのを聞いて病室を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る