第55話 やっとの思い 花見

「花見?」


 4月に入り、もう少しで春休みが終わるという頃楓がいきなり、花見に行きたいと言い出した。

 今日はバイトも休みだし、土曜日なので断る理由もないが・・・・・・


「はいっ!花見一緒に行きませんか?」

「それはいいけど、どうしたんだ急に」

「桜が見たいなぁって思いまして」

「いいけど、ちょっと午前中用事があるから、午後からでもいいか?」

「はいっ!もちろんですっ」


 たまたま午前中に予定があったが、午後からでもいいと言われたので安心した。

  楓は嬉しそうな笑みを俺に向かって見せてきた。


◆◆◆


「いらっしゃいませ〜」

「こんにちは予約してた早坂です」

「はいっ、今日はどのようにしますか?」

「えっと・・・・・・これといった髪型はないんですが、好きな人の隣で堂々と立てるようにしてください」

「かしこまりましたっ!」


 ちょっと注文の仕方を間違えたか・・・・・・蓮は自分で言っておいて、どんどん恥ずかしさが増していった。


 やはりプロだ。髪を切り終わる頃にはもう数時間前の自分はそこには居なかった。

 自分が自分でないみたいな感覚だった。


「ありがとうございました」

「好きな人と上手くいくといいですねっ!」

「はいっ、ありがとうございますっ」


 照れながらもそんな返事を返した。


 時刻はすっかり12時を過ぎていた。急いで家に向かって歩いた。


「ただいま」

「おかえりなさいっ・・・・・・・・・」


 楓は俺の方を見て、ずっとポカンとしていた。


「髪の毛切ったんですねっ」

「うん、似合わないか・・・・・・?」

「いえっ!えっと、その、かっこよすぎてどう言ったらいいのか・・・・・・」

「もうそれで十分・・・・・・」


 ごめんなさいと頭を下げられたので、そんなことで謝らないでほしかった。

 カッコいい、これを言われただけで、切ってよかったと思った。


 少し一休みしたあと俺たちは桜を見に家を出た。


「久しぶりな感じがしますっ二人でお出かけするの」

「そうかもな・・・・・・一緒に行くのバイトくらいだもんな」

「はいっ、今とっても嬉しいですっ」


 そう言って満面の笑みを俺に向けてくる。


 数十分歩いたあと、桜の花びらが宙を舞っていたのを見たときもうそろそろかなと感じていた。

 早く桜を見たい気持ちもあり、まだ楓と喋っていたいという気持ちがある。


「わぁ〜!綺麗ですねっ〜!」

「あぁ、そうだな・・・・・・花見なんていつぶりに来ただろうか・・・・・・」

「あっちに行ってみましょうっ!」

「わかったわかった」


 俺の腕を掴んで引っ張っている。


 そこのスポットは、彼氏彼女がいっぱいいた。

つまり、カップルが沢山いたということだ。

 流石にそこにいるのは、恥ずかしい。しかし楓はぎゅっと俺の袖を掴む。


「仮でも、私たちもカップルですよっ?」

「そ、そうだけど・・・・・・ここはちょっと・・・・・・」

「わかりましたっ・・・・・・」


 楓はシュンとした表情だった。俺はそれを見て胸が締め付けられる思いだった。


 歩いていると、目の前で子供が転んだ。蓮はそれを見て、すぐに駆け寄った。


「大丈夫か?」

「うんっ、平気!」


 そう言って走って行ってしまった。足から血が出ていたが、さすが男の子といったところか。


 いつもだったら、俺よりも先に楓が駆けつけそうなのだが、隣にもいないのでどうしたんだと思ったら、後ろで金髪の二人組に足止めをくらっていた。


「ねーねー、いいじゃーん」

「ひとりでしょー?」

「嫌ですっ!」


 そう言って男の一人が楓の手首を掴む、その時にはもう、楓の手首を掴んでる金髪の男の手を掴んでいた。


 不安も、もちろんあるんだが楓の嫌がってる顔を見たのと、知らない男に楓が触られたのが嫌すぎたので不安とかそんなこと、どうでもよくなった。


「やめてください、俺の連れです」

「なんだよ、彼氏持ちかよ」


 いこーぜと言って、すぐに撤退して行った。

 前の自分だったら彼氏だとは思われなかっただろうか、俺は2度とくるなと心の中で叫んだ。


 すると、背中にトンッと楓が頭をつけてきた。


「こ、怖かったですっ・・・・・・」

「ごめんな、楓」


 俺は振り向いて、よしよしと楓の頭を撫でる。


 花見も見終わって、楓と一緒に帰る途中家の近くの公園で蓮は立ち止まった。

 

 こんな気持ちというか、こんな関係のまま2年生に上がるわけにはいかない。

 蓮は今日勝負を決める時だと確信していた。


「楓、今こんなこと言うのは悪いんだけど・・・・・・」

「・・・・・・なんですかっ?」

「仮のお付き合いとかの

「えっ?・・・・・・私なんかやっちゃいました?」


 楓は、不安そうな顔で俺の方を見てくる。

でも俺は楓を真剣な眼差しでジッと見る。


「俺が今日美容室の予定を入れてたのは、楓お前にするためだ」

「えっ?」


「楓がこの花見を偶然入れたから今言うけど、花見に来てなくても今日言うつもりだった、もう俺は楓から自信をもらってたことに今更、いや前から気づいてたけど、行動できなかったんだ。つくづく自分がヘタレだと思うよ」


「ちょっと待ってくださいっ、まだ心の準備が」


 そう言って楓はどうしていいかわからないといった感じで慌てている。


「楓好きだ。今なら自信を持って言える。俺でよければお付き合いをしてください」

「・・・・・・・・・」


 楓は泣いていた。俺は少しだけドキッとした。

もしかしたらということがあるかもしれないと


「・・・・・・わ、私が断るわけないじゃないですかっ」

「そ、そうか・・・・・・」

「こちらこそっ、至らない点があるかもしれませんが、よろしくお願いしますっ」


 楓は涙を流して鼻水まで出ていた。可愛くて綺麗な顔が台無しだ。

 でも、それを見れるのは唯一俺だけであってほしい。


 俺は、泣きじゃくる楓をそっと抱きしめる。


「今日からいっぱい抱きしめてもいいですよね?」

「あぁ、俺だっていっぱい抱きしめる」

「今日から一緒に寝てもいいですよね?」

「あぁ、いいよ」

「キスもしていいですよね?」

「それは、俺だってしたい・・・・・・」

「それから、それから・・・・・・」


 「嬉しいです」そう言って楓はしばらくの間俺から離れてくれなかった。


 満開の桜を見たあと、2人が出会った原点といってもいい場所で俺の恋が実った瞬間。いや、俺がやっと一歩進んで、やっと2人で歩いていける

 そんな気がした瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る