第39話 熱冷ましの散歩

「蓮?初詣はつもうでは行くのよね?」


 と玲子から言われたが、正直初詣には行きたくはなかった。

 家でゴロゴロしたいと思ってしまったのだ。


「いや、俺は行かなくてもいいかな」

「えっ?行かないの?楓ちゃんの姿見れるのに・・・・・・」

「・・・・・・・・・いつ?」

「なにが?」

「だから初詣」


 玲子はニヤニヤしながらこちらを見ていた。すると蓮の方へ近づいてくる。


「そうよねぇ、楓ちゃんの着物姿なんて滅多めったに見られないものねぇ」

「うるさい」


 自分でも恥ずかしいのだ、しかし玲子はそれを知っててか、さらにからかってくる。


「あれ?そういえば楓は?」

「そういえば、見ないわねぇ」


 昨日、祐介と話をし終えて自室に戻ると、楓は起きていて、恥ずかしそうにちょこんと蓮のベッドに座っていた。


 顔を真っ赤にして「ごめんなさい!!」と言って蓮の部屋から出て行ってしまったのだ。


「雛の部屋にいるんじゃないかしら」


すると、2階から祐介と一緒に降りてくる


 その光景を見て、正直イラついてしまった。


「何してたの?」

「昨日は蓮と話たから、今日は楓さんと話してね」

「ふーん、それで?」

「うん、蓮のお嫁さんになってくれたら、嬉しいかなー、なんて」


 それを言われて、楓は隣で顔を見せないように、下を向いていたが、顔が赤くなっているのは確かだ。


「父さんっ!何言って!」

「だってそうだろ?こんなにいい女性中々いないよ」

「そりゃ、・・・・・・そうだけど」


 今度は蓮の言葉を聞いて、楓は床にへたりと座り込む。そして、両手で顔を隠している。


 蓮はそれを見て、やってしまったと前髪を手でかきあげる。


「窓開けて、ちょっと頭冷やそう」


 そう言って、窓を開けようとした時、玲子に腕を掴まれる。


「散歩・・・・あんた達二人で散歩してきなさいっ!」

「何言ってんだ母さん・・・・・・楓、母さんの言うことは聞かなくていいからな?」


 そう言って、楓の方を見るとさっきまで床に座っていた楓がいなかった。

 キョロキョロと見渡しても部屋のどこにもいなかった。


 すると祐介が玄関の方を指差して


「楓さんは行く気みたいだよ?」

「嘘だろ・・・・・・・・・」

「楓ちゃん、ここに来てまだ1日しか経ってないからなぁ〜、道に迷ったりしたら危ないな〜?」


 と玲子があおり口調で言ってくる。


 流石に楓に一人で行かせるわけにも行かないので、蓮もついて行くことにした。


「楓、なんかごめんな?うちの親が楓がいい子すぎてテンション上がっててさ」

「・・・・・・・・・蓮君の方がいい子です」

「俺のどこがいい子なんだ?」


 俺には楓の言っていることが分からなかった。少なくとも楓の方がいい子なのは間違いない。


「女性に優しいところ」

「それは女性に優しくしてるわけじゃなくて、楓に優しくしてるだけだぞ?」

「・・・・・・・・・私も女性です」

「まぁ、そうだけどさ」


 なんか、こういう喧嘩って世間では・・・・・・・・・


「あんた達なに痴話喧嘩してるのよ」


 にやにやしながら玲子がリビングの扉を開けて、見ていた。

 その玲子の痴話喧嘩発言にさすがの楓も反応する。


「ちょっと!お母様!まだお付き合いもしていませんっ!」

「じゃあ、付き合っちゃえばいいじゃない」

「・・・・・・・・・それは、その」

「母さん。あんまり楓をいじめるな」

「そうだよ、玲子さん?いじめるのは良くないな」


 俺の一言では聞かなかったくせに、祐介の一言ですぐに静かになる。

 祐介に、言われるとさっきまで楽しそうにしていた表情が一瞬にして、しゅんと眉を下げている。


 それを見て、玲子達も人の事を言えないだろうと思ったが今言ったら今度は祐介にいじられそうなので、やめておく。


「それじゃあ、行くか」

「はいっ・・・・・・」


 そう言って、玄関の扉を開けると、スッーっと冷たい風が肌に当たる。


 昨日の深夜に少しだけ雪が降り、日が当たらない場所には雪がまだ残っている。

 その雪に興奮しているのか、楓は目をキラキラさせながら、周りを見渡している。


 まだまだ子供だな、なんて思っていると、ジッーとこちらを見つめてくる。


「今、子供だって思いましたよねっ?」

「思ってないよ、そんなこと」

「嘘だ!」


 そう言って、グイッと一歩前に近づいてくるので楓との距離がとても近くなる。


 突然のことだったので、蓮は自分の心臓の音が楓に聞こえてるんじゃないかと思い、ハラハラした。

 楓も、自分でも近づいたのはいいが、それから言葉に詰まって顔を赤くする。


 頭を冷やすために、散歩に来たのに、これじゃあ意味がない。


 歩いていると、少し先に公園があったので、そこでひと休みしようと楓に伝えると楓は黙って頷いた。


「じゃあ・・・・・・・・・」


 すると、ひとりの女性が楓の横を通っていく。蓮はそれに気づいた瞬間、どっと寒気がした。

 鳥肌もすごかった。忘れるわけがない。忘れることができるわけない女性だった。


「蓮?」


 後ろから、自分の名前を呼ぶ声がして、深呼吸をして、ゆっくりと後ろを振り向く。


 そこには、やはり姿があった。

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