第14話 天使様の仮装

「絶対に嫌ですっ!こんな・・・・・・」

「えぇー、これ楓が着たら、蓮の奴絶対喜ぶと思うのになぁ〜」

「・・・・・・ほんとうですか・・・・・・?」

「ほんとほんとっ!この衣装着て喜ばない男なんて男じゃないね」



「・・・・・・何言ってんだ拓人」

「えっ?千夏と清水さんが今頃こうなってるんじゃないかなぁって」

「なってる訳ねぇだろ・・・・・・」


 拓人に少し呆れつつ、店長が用意してくれたジュースを一口飲む。


 少ししたら、女子更衣室から、仮装した女子が出てくる。ミイラや、魔女まじょ、ゾンビメイクなどをしている女子もいた。



(レベル高いな・・・・・・)


 そう思っていると、更衣室の扉にしがみついている女子を一人発見した。

 その女子は千夏に、手を引っ張られても動こうとしなかった。


 千夏はその女子に耳元で何かコソコソ話している。するとさっきまで扉にしがみついて、微動だにしなかった女子が扉から出てきた。



 すると、少し間が空いた次の瞬間、男達が「おぉー!!!」や「待ってたよー!!」と次々とその女子の登場に歓喜かんきする。


 その女子は恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤にしていた。


「どうですか・・・・・・?」


 なぜか、俺の目の前に立ち聞いてくる。よく見るといつも見ている、ブロンドの髪の毛だった。

 そこでようやく、その女子が楓だったことに気づいた。



「か、楓?!・・・に、似合ってるんじゃないか?」

「ほんとですかっ!?ふふっ!」


 と嬉しそうに、頬をほんのり赤くして笑っている彼女の仮装の格好は白雪姫しらゆきひめだった。

 白雪姫といったら黒髪だろう、そんな声も聞こえてくる。

 しかし、ブロンドの髪でも、十分すぎるほど似合っていた。



「早坂君も・・・・・・かっこいいですよ」

「俺はカッコよくないだろ」

「かっこいいんですっ!」

「こらこら、そんな会話ここで見せるんじゃないよ」


 と拓人が千夏とイチャイチャしながら言ってきた。

 そんな事をお前に言われたくはないと、ツッコミたくなった。


 


「お前らの関係知らない奴の方が多いんだから、気をつけろよ」

「わ、悪い・・・・・・」


 素直に非を認め、謝る。蓮にしてはすぐに自分の悪いところを認めた方だ。

 

「見てみて!似合ってるでしょ!」

「おおっー似合ってるー」

「なにそれー絶対思ってないでしょー」


 と言って、千夏が自分の仮装を蓮に見せてくる。


 千夏の格好は、赤ずきんだった。無邪気な子供みたいな感じなので、どっちかというとイメージ通りという感じだった。


 みんなワイワイ騒いだり、して楽しんでいるので、最初は行きたくなかったが、たまにはこんな空気もいいかなと思ってしまって、つい口許が緩む。


 それを見ていたのか、楓が、ふふっと笑ってくる。


 恥ずかしくなってしまい、顔を隠すように、仮装のマントを顔の近くまで持ってくる。



◇ ◇ ◇


 楽しい雰囲気の中、女子のある一言を聞いてしまった。


「アンタ気持ち悪いんだけどぉ〜」


 ふざけてたとは思うのだが、それが蓮は自分に向けられた言葉ではなくても、過去に植え付けられたトラウマとなってよみがえってしまう。


(なんで・・・・・こんな時までアイツ《元カノ》のことを・・・・)


 自分でも険しい顔になっていることは気づいていたので、みんなに心配をかけないように、なによりこの楽しい雰囲気を壊さないように、飲みかけのグラスをそっとテーブルに置き、店の外へ出る。


 店の外の小さな階段で、座って風に当たって考える。

 俺はいつまで、アイツ《元カノ》のことを思い出さなければいけないのかと、そろそろ克服しないといけないと分かっているのに、女性の全員がみな、あんな女性ではないと、頭では分かっていても体が、反応してしまう。


「お隣いいですか?」


 その時そんな考えを吹き飛ばすかのような、優しい声が後ろから聞こえた。

 その声の正体を知りたくて、後ろを振り向くと、そこには仮装姿の天使様が立っていた。


「白雪姫・・・・・・?でも、金髪・・・もしかしてシンデレラ?」

「ふふっ、もうっ、なにいってるんですか?」

「なんでもない、忘れてくれ・・・」

「じゃあ忘れます」


 と言って、ニコニコしてる楓が隣に座る。しかし楓は何も聞いては来なかった。

 ただ、ただ隣でブロンドの髪を風になびかせ、白い頬が店の明かりに照らされていた。


 ただ、蓮にはそれが心地よかった。楓は知らない間に蓮の中で相手になっていたのだ。


「何も聞かないんだな」

「はい、早坂君が私にしてくれたように、私も早坂君が話してくれるまで待ちます」


「じゃあ待っててくれるか?絶対、絶対話すから」


 もちろんですっ、と胸を叩いて、「その時は、お姉さんが甘やかしてあげます」と少し照れながら、言ってきた。


 楓に甘えるなんてことにはならないだろうとは思っていたが、もし甘えたらどれだけ心地いいのだろうか・・・・・・そんな事を考えるようになっていた。


「あれで、付き合ってないんですわよ?千夏奥さん」

「いやいや、困りますね拓人さん」


 後ろでコソコソ茶化す声が聞こえて、振り向くと千夏と拓人が、俺らの背中を見ながらニヤニヤしていた。


「お前らなぁ・・・・・・」

「心配になってきてみたけど、要らなかったみたいだな」

「だねー、心配して損したー」

「ありがとな・・・・・・」


 照れながらも、そう返事すると、「いいよー!」とニコッと笑う千夏が普段より可愛く見えた。


 それに拓人が俺を睨みつけている。


 でも、考えてみると、そうだ・・・・・・俺は楓が隣にいて少し喋っただけで、アイツのことは忘れていた。


 いや、違う・・・・・・


「お隣いいですか?」


 この言葉を聞いた時にはもう、俺は元カノのことは考えていなかったんだ。

 俺は、楓にもしかしたら・・・・・・


 (・・・・いや、まさか・・・・・・な)


「行きましょ?」


 楓に手を掴まれ、店の中へ戻っていく。その手は前触った時よりも暖かく、なぜか泣きそうになってしまった。


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