第5話 夕暮れ

一通りコテージ内の冒険を終えた後は、いつもの流れで日暮れまでに下ごしらえされた食材を使って食事の準備をして、夕暮れ前にバーベキューグリルの前に座る。


「このグリル使い勝手よさそう」


「駄目ですよ」


維花の考えが簡単に類推でき、立夏は前以て釘を指す。


「いいなって思っても今のがまだ十分使えるから買っちゃ駄目です。でないと維花さんどんどんキャンプグッズ増やすから」


「立夏ちゃんなんか奥さんみたい。キュンってしちゃった」


もちろん同時に手は出され、手でトングを持っているにもかかわらず維花に腰を引き寄せられキスをされる。


「もうっ……」


「ソロキャンが居心地良かったから、わたしはずっとソロキャンでいいかなって思っていたけど、立夏ちゃんが一緒に行ってくれるようになって、もっともっと楽しくなったよ。ありがとう、立夏ちゃん」


肉を焼いている状況でそんなことを言わないで欲しいと立夏は思ったものの、もう諦めようとトングを手放し維花の腰に腕を回す。


「私も維花さんとのキャンプ楽しいです。虫は嫌いだけど……」


抱き締め合ったままキスを交わし合うのは心地よくて、ずっとそうしていたかったが、流石に肉の焦げる匂いでお互い現実に戻って顔を見つめて笑い合う。


「続きは後でしよう」


確実にお誘いの言葉に立夏は小さく頷いて再びトングを握る。


ビーチに沈む夕暮れを見ながらバーベキューをして、軽くお酒を飲んで、恋人と手を繋いでと最高に贅沢な時間を立夏は満喫する。


「ねえ、立夏ちゃんって子供欲しい?」


突然の維花の言葉に立夏は内心で驚きを感じていたが、できる限り感情を出さないように気を配りながら返事を返す。


「なんとなくいつか結婚して、子供を産んで、でも仕事は続けていてみたいになるのかなとは思っていました。

多分、それが普通の人生に見えたからだろうなとは思っています。その中の子供だけを切り出してはあまり考えたことなかったです。嫌いじゃないけど、どうしてもという思いまではない感じですね。

同級生で子供がいる友達はいて、なんか自分よりも大人だなって思ったりはしますけど、多分それってきっかけなだけで、子供がいないと大人になれないわけじゃないとも思っているので、拘ることでもないかなって」


「大人って言葉はなんか不思議だよね。わたしは見た目にはもう立派な大人だけど、まだ自分のことでわからないことも一杯あって、子供だなって思う部分もまだまだある。

多分環境とかで熟成されて出来上がっていくものなんだろうって思ってるけど、大人としての責任は今もあるからね」


「私から見たら維花さんはすごく大人ですよ」


「ありがとう。立夏ちゃんも素敵な大人の女性だって思ってるよ」


「維花さん、一つ聞いていいですか?」


維花の肯きに立夏は言葉を続ける。維花さんは自分のどこを好きになってくれたのかと。


「入社したての頃、少なくともわたしがフォローとして入っていた頃は普通に可愛い後輩だったよ。今のプロジェクトで社に帰って来て、ちゃんと一人前のエンジニアになってくれた嬉しさと、社会人の顔つきになった立夏ちゃんは頑張ってるなってちょっと気になった。

でも、直接絡むこともなかったし、佐納さんの件がなかったら多分今みたいにはならなかったかもね。立夏ちゃんの真面目に仕事に取り組もうとする姿が愛おしいなって思うようになった、かな」


「一汰だってそれは同じじゃないですか。むしろ私より考えているの一汰ですよ」


「そうだね。相馬くんは後輩として頼もしい存在だね。でも、自分も何かしたいってわたしを頼ってくれる立夏ちゃんの方が可愛いんだもん。むしろ、相馬くんと仲いいからたまに妬きたくなるくらい」


「一汰は単なる同期ですよ。既婚者だし」


「過去も何もなかった?」


入社時の研修は業界的に長いケースが多く、立夏も二ヶ月間同期と毎日机を並べてシステムとは何かの基本を学んだ。

そんな中で同期とは昼も夜もなく時間を過ごしたからこそ同期間の結びつきは強い。

一汰もだが、それがきっかけで交際を始める同期も毎年必ずいるらしい。


「ないです。一汰、環奈と研修の時からつきあってるんですよ。そもそも社会人になって初めてつきあったのが維花さんなんですから」


維花の目元が弛む。これは来るな、ともう予見できている立夏がいる。


「立夏ちゃん可愛い」 


維花と立夏の身長の差は7cm。肩を並べると少しだけ維花の方が上で、維花の細身の体にくるまれるように抱き締められる。


「私がしゃべったんだから、維花さんもしゃべってください」


だが維花からの応答はない。


「維花さん、しゃべれないってことはやましいことがいろいろあるってことですか」


「……今はもちろんないよ。過去にはつきあった人もいたけど、少なくとも30超えてからは0だから安心して」


30で達観したのは、それ以前にいろいろありすぎたからではないかと勘ぐりたくなるが、今聞きすぎて前に進めなくなるのも嫌だと深く追求することは諦めた。


「浮気したら泣きますからね」


「こんな男みたいな外見のわたしに誰も寄ってこないよ」


そう思っているのは維花だけだ。確かに男性にはフィルターが掛かる部分はあるかもしれないが、反面立夏のように憧れる女性が出てこないかと心配な部分がある。

プライベートはともかく、仕事中の維花はとにかく格好良くて頼りになるのだ。


「ちゃんと恋人いるって断ってくださいね」


「それは立夏ちゃんもね」


互いに納得し合った所で体の半面をくっつけ合う。

キャンプでも維花との距離感は近いが、今日は何でも揃った場所が提供されている分緩やかに触れ合える気がしていた。

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