第四話 有害生物駆除部隊養成学校

 群雲を縫って波が漂う、雲の低い秋空だった。

 有害生物駆除部隊養成学校、青葉棟グラウンドの一角。

 生徒たちは訓練服に着替え、持久走の訓練に奄々と息を切らしている。

 今は男子が訓練を終え、周回遅れの女子たちの群れを眺めていた。

 力尽き腰おろした男子たちの中で、誰かがこんなことを呟く。



「――伊達さんって……いいよな……」


 男子の群れからどよめきが起こった。

「馬鹿。お前じゃ釣り合わないよ。」「いや、でも実際かわいいよなぁ」「胸もでかいし……」「てか身分が違いすぎるだろ」「伊達のお姫様とか、高嶺の花にも程がある」「それに斑鳩の目もきつくねぇか?…」「確かに……あいつたまに人をゴミのような視線でみてくるもんな……」「いや、恋は障害が大きいほど燃えるっていいますし…」「大きいほど……?」



 伊達アマネ。あの楼閣を高く掲げた青葉城に住む伊達の一族であり、仙台市の民衆的指導者で伊達キヨヒコの実の娘。

 しかし、その人望は彼女の人柄に拠るところが大きい。

 無意識の内に貧富の差を窺い合うこの訓練学校のクラスの中で、彼女だけが誰とも隔たり無く接してくれる。その朗らかな性格でありながらも、気品を損ねず慎ましげに笑う姿は、生まれついてのカリスマなのだと頷かずにはいられない。


 さらに、その容姿も恵まれたものだった。淡い浅葱あさぎ色の髪に軽くウェーブをかけ、それを耳元にかけては端正な横顔を覗かせている。まるく猫みたいな大きな瞳にふっくらとした涙袋があるものだから、まるで小動物のような印象をあたえた。

 そんな可愛らしい外見に反して、大きく服を突き上げる胸の存在感。

 好奇の視線に晒されないわけがなかった。

 実際、何人か彼女にアプロ―チをかけた奴もいる。が、悉く実を結ばなかったのは、彼女に忠心厚い斑鳩ツバルがこれを妨害していたからだ。

 ツバル曰く、「アマネちゃんに近づく悪い虫は、私が斑鳩の名においてしてやるわ」、だそうだ。

 依然、伊達アマネは高嶺の華として男子達の胸の中で犯しがたい存在となっている。

 下衆な話題で盛り上がる男子たちに、胸中に背徳心が差すのは必然だった。



 ―――伊達アマネ。斑鳩ツバル。

 子供ながらにして氏家かばねを戴く、青葉の貴族。

 連合の盟主として選ばれた、の眷属。


 俺は走っている彼女達を目で追いながら、

 昨日のレイラさんの話を思い出していた―――








「この街には二種類の人間しかいないわ。選ばれた者と、そうでない者よ。」


 互いの息遣いが心を織り、背中を重ねた地下室のなか。

 子供に説くような優しい声で語りかけてくる。

 つまり、生まれながらに貴族の者や才能を見出された者と、親も苗字も知らない託児所育ちの俺たち。

 私もこの寄宿舎育ちなのよ、とレイラさんは笑う。


「この壁の隔たりは子供たちにも判るほどに残酷なものだわ……。でもね、根本的な差異というのは、この構造を理解かにあるの。―――これが、その差異を生む原因となるものよ。」


 そう云ってレイラさんは机から取り出した錠剤の瓶を振って見せる。

 思わず先程の媚態を想起してしまい、レオは恥ずかしくなって俯いてしまう。

 そうだ、あの薬を飲んで俺はおかしくなったのだ。


「私はこの薬を寄宿舎時代に偶然見つけたの。この地下室と一緒にね。……でも、ここで私は好奇心に殺されたわ。この薬を飲んだとき、私の体はに作り替えられたのだから――。

 そう、このドラックの名は〈エビルドリーム〉。子供たちが殺せと教えられる、この日本を滅ぼした怪物を生み出す薬。―――私とレオ君はもう、駆除対象ってところかしら?」









 ―――ふと、伊達アマネと視線が合う。

 まずい。物思いに耽ってたせいで長いこと視線を注いでいたことに気付かなかった。

 女子達はもう測定を終えていて、グループ同士で集まりながらお喋りをしている。

 結構バレてるみたいで、隣の斑鳩ツバルから睨み返された。

 ………斑鳩ちゃん目怖ッ!!


 慌てて視線を逸らして、事態の鎮静化に努める。

 ……多分、男子たちの会話はバレてる。でも誤解しないでくれ!俺は別にそんな下心は持ち合わせてない!俺をあいつらと一緒にしないで!?



 ……

 ………

 ……………



「ねぇちょっと、レオ君?」


 訓練終了後に斑鳩から案の定声をかけられた。

 きつく眉を寄せて気迫のこもった目で睨んでくる。

 気が進まない……。


「え、斑鳩?どうしたんだよそんな怖い顔して?」

 …俺は渾身のとぼけっぷりを発揮する。早めに白を切るほうがきっと賢明だろう。

 アマネを見ていたことさえ否定さえすれば、きっと面倒事にはならない筈。

 そう思っていたが――


「あなた、以前シーミアと仙台平野の地図を見てたわよね?あれ、どこから持ち出したの?」


 ――面食らって、回答に窮してしまった。シーミアの地図だって?なんだってそんなことを……?


「……いや?俺は知らないよ。勝手にシーミアが盗んできたんだろ?」

「そんな筈はないわ。彼、寄宿舎の地下にある図書室から持ってきたと言っていたもの。そしてレオ君とも一緒に見た、って。知ってるんでしょう?本の出処。」


 ――この女かまかけやがった!最初っから知ってて俺に質問したのか!?

 ツバルは俺のことを疑っている。確かにあの地図には伊達家の検閲印は無かった。つまり、が寄宿舎の中にあった。そして俺はそれを不自然に隠そうとしている……!

 動揺が体に現れていた。首元に嫌な汗をかきはじめる。詰問する斑鳩の視線に鋭さが増していく。

 あの地下室が知られるのはマズイ。それはつまり、レイラさんに危害が及ぶっていうことで――


「そうだったのか?確かに図書室は知ってるけど、中は結構普通だぜ?多分シーミアが図書室のどっかから見つけてきたんだろ。」

「でも、彼は一緒に見たと言っているけど?」

「それは言葉の綾だよ。確かに俺はあの図書室はことあるけど、あの地図は初めて見たものだった。あいつのことだし、真面目に聞いても無駄なんじゃない?」

「………そう。本当に知らないのね?あんまり言いたくはないけれど、あの地図は有害図書の可能性があるから。もしそんなものを持ってたら、下級民は治安警察に連行されるから気を付けてね?」

「……へー怖い。それじゃ、シーミアにもキツく言っておかないとな。」


 ……危なかった。俺はまだ実感していなかったのだ。

 ――この街には二種類の人間がいる。選ばれた者と、そうでない者。

 斑鳩ツバルは選ばれた側の人間だ。

 きっと、あの薬のことも女王の存在も知っている。

 彼女はこの訓練学校の監視役も果たしているのだ。



「あぁそうだレオ君。言い忘れたけど、アマネちゃんにはあまり近づかないでよね?」

……不名誉だが、これは警告だろうか?







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