第二話 マーマリアンな変態




「なぁ、レオ。この後付き合ってよ。とんでもないものみせてあげるから!」

俺は何故かシーミアと食事を共にしていた。


……いや、何故かではないか。こいつは俺と同じ寄宿舎に住んでいるんだもんな。



シーミア。

俺の幼馴染…のはずだ。(いまでも確信が持てないのには理由があるんだよ!)

コイツを一言で形容するなら、「変態」である。

………いや、性癖がどうというわけではない。コイツは文字どうり「変態」のだ。



ある日の出来事である。

それまでのシーミアは大変大人しい性格で、勉強こそ優秀だったにせよ、いつもいじめっ子からそれはもう残酷な虐めにあっていた。

その日の虐めは凄惨を極め、縄で体を縛り網を引かせ、名取川に両足不自由のままぶち込み手掴みで魚を取ってこいという、「人間釣り子ルアー」を敢行していた。

一歩間違えば、命の危機である。

シーミアも泣きじゃくっては抵抗をしていた。

だが、嗚咽に叫ぶシーミアを川にぶち込むと、事態は一変した。



結論から言うと、彼は自力で河岸に這い上がってきたのである。

両手に魚を抱え。

別人のように目をキラキラさせて。



その日から、シーミアは海へ、川へ、魚へ、想いを馳せるようになってしまった。

それまでの内気な性格から、快活な少年へ。

あの時彼の身に何が起きたのかは誰も知らない。

ただ、それから彼はいじめられることはなくなった。

ついたあだ名は「海猿」だった。




「ねぇねぇホントなんだって!!マジで世紀の大発見だからレオも来てよ~~」

「わかったよ……わかったから食事中に体を揺らさないでくれ……」


煮干しのスープをすくった匙がグラグラと揺れる。

パッと表情を明るくさせ、凄い勢いでシーミアは夕飯を平らげていった。


周りにはまだ大人しく食事もできないガキ共がガヤガヤと叫んでいた。

固パンとスプーンを使った乱痴気騒ぎ。長テーブルの端に座った自分だけが闘争から紛れることができていた。









「ねぇレオ君。」


食事を終え、自分の皿まわりを洗っていると、保母のレイラさんが話しかけてきた。


「あ、レイラさん……」


炊事を終えた彼女の額にはほんのりと汗が浮かんでいた。髪を後ろで束ね、微香を振りまく大人の魅力に、レオはドキマギしながら応答した。

事実、このような寄宿舎(もとい、悪ガキの託児所)に勤める若い女性は珍しかった。この辺の治安の悪さもあれば尚更である。

献身的な姿勢、レオの知らない母性の暖かさ。

この人の苦労を思う気持ちが、いつの間にか少年の恋慕に繋がっていた。


「邪魔しちゃってごめんね。最近うちのミケちゃんを見なかった?」

「ミケちゃんですか?いえ、確かに近頃は見かけてないですね……。」

ミケちゃんとはレイラさんが飼っている三毛猫のことだ。あのマンションでは動物は飼えないため、実質俺とレイラさんが寄宿舎でミケの面倒をみてやっていた。


「最近姿も見てないから心配で。ここ何日かは宿直室で寝泊まりしてるんだけど、全然顔も出さないの……。」

 とそういって困り眉を浮かべるレイラさん。……力になってやりたい。

「わかりました。俺も探してみます。」

「ホント?いつも頼っちゃってごめんね?」



いえいえそんなことないです!!ミケのことなら任せて下さい!!なんならもっと頼ってもいいんですよ!!?












「待ちくたびれたよレオ!!さぁ行こう!!今しか時間は無いんだ!!」

「……クソだりー……」


部屋に帰るとシーミアが俺のベットで仁王立ちしていた。

シーミアはそこから両足で跳躍すると、呆れるレオを鷲掴みし、その勢いでグイグイと引っ張っていき、さっきまでいた台所脇の宿直室に連行していた。


「ちょ、まずいよシーミア。ここ宿直室じゃんか。レイラさんに怒られるって!」

「ふふふ…大丈夫。今の時間は保母さんが初等生の寝かしつけに行ってる時間ぞよ。あと一時間は猶予はあるたい。鍵も開いてるし、今しかないでござる。」

躊躇なくドアを開け、づかづかと踏み入っていく。

やめろよ馬鹿!あとキャラも変わってるよ!



しかし、レオの好奇心はその部屋から漂ってきたレイラさんの芳香に惹かれ、

建前空しくシーミアの後に続くこととなった。



小綺麗に整えられた部屋だった。

家具は和風調に統一されていて、畳の御座をひいて如何にも涼しい印象を抱かせた。

足の短い卓袱台を中心に、椅子も無く座布団と布団が敷かれた何とも質素な空間だった。


恐る恐る中を物色しているレオに対して、シーモアはいきなり部屋の端の御座を掴むと、ひっくり返すようにして御座をめくった。


「馬鹿!何してんだよシーミ……ア?――……これは?」



ニヤリとこちらを見返すシーミア。

めくられた御座の下にフローリングの床が露出している。

そこに金属製の取っ手が埋め込まれた正方形の隠し扉があった。

簡単に開いたその扉は、地下へと続く梯子を覗かせていた――――






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