まほろば夢想

相川藤香

第1話

 暗くなると私はいつもの場所に行く。

 灯りも何もない道を抜けると目の前には灯篭がたくさん置いてある石畳の階段が広がってて、その左側にお茶屋さんがあるの。雪花ちゃんはいつもそこで私を待っててくれるんだ。


 「あのね、今日もおじさんがいじめてきたの…私は嫌だって言ってるのに苦いのを無理やり口に入れてくるし、お部屋から出してくれないの。でもね、お隣のお部屋の子がお菓子をくれたんだ!」階段をのぼりながら今日あったことをおはなしする。私がしゃべり終わると雪花ちゃんは悲しそうに笑った。「私も羽月ちゃんを助けてあげられたらいいのにな」「そしたら雪花ちゃんのお父さんたちが悲しんじゃうからダメだよ!」「羽月ちゃんは優しいね」にこっと笑った雪花ちゃんはとってもかわいい。いつの間にか一番上についてて、私たちはいつも通り遊びはじめる。


 「今日はどのお店から行く?」「うーん、飴玉がなくなっちゃいそうだから射的屋さんに行ってくる!」「わかった!じゃあ私はヨーヨー釣り行ってくるね」ばいばい、と手を振ってそれぞれの行きたいお店に行く。ここでのお金は飴玉。透き通ってて綺麗な色の物ほど価値が高いみたい。飴玉を使って物を買うこともできるし、逆に射的とか金魚すくいとかで飴玉をもらえたりもする。雪花ちゃんはヨーヨー釣りが上手で私は射的が得意。自分の得意なもので飴玉をたくさんもらってお祭りを楽しみに行くんだ!

 「みてみて!今日は二十個ももらえたんだ!」「すごいじゃん!私はあんまりもらえなかった…」「でも昨日は雪花ちゃんの方が多かったしこれで一緒だね!」「ふふ、そうだね」毎日お店が変わってるここのお祭りは本当に見飽きない。わた飴屋さんにチョコバナナ屋さん、たこ焼き屋さんにりんご飴屋さんとか、色とりどりの旗が立っててあっちこっちに目が吸い寄せられる。「羽月ちゃん、行くよ?」すいっと手を引っ張られてお店の間を進む。もうちょっとだけ見ていたかったな…。


 お店が終わると神社みたいな場所があって、いろんなお面をつけた人たちが踊ってるんだ。「今日は…ウサギの日みたいだね」「ほんと!?この前お面壊れちゃったから買ってこなきゃ!!行ってきます!」お面をつけて踊らないとオオカミさんに食べられちゃうの。食べられたらどこに行くのか、って?私もよく知らないんだけど、とっても怖いところだよって雪花ちゃんに教えてもらった。怖いのは嫌だから絶対お面付けるようにしなきゃ!

 飴玉を大分沢山使ってお面を買った。早く雪花ちゃんのところに戻らないと…!あぁもう、ぱたぱたと鳴る下駄がわずらわしい。浴衣の裾を軽くさばきながらお店の間を駆け抜ける。「雪花ちゃん、ごめん!遅くなっちゃった…」息を切らせながら手を振ると雪花ちゃんはすこしムッとしたような顔をしておかえり、と言ってくれた。「もうお面変わっちゃったよ?」「うそ!!次はなぁに?」「今度は羊!これふわふわしてて可愛いよね」「羊…はある!今度こそ一緒に踊ろ!」「うん、行こ!」ここの踊りはお面ごとに踊り方が決まってる。例えば今は羊だからぴょんぴょん跳ねる感じの楽しい踊りなんだ!


 そうやってしばらく踊ってると、雪花ちゃんが輪から抜けた。「もう時間になっちゃった…?」「ううん、あともうちょっとある」でも、今日は羽月ちゃんと一緒に行きたいところがあるの。と言って雪花ちゃんは私の手を引いて神社の裏にまわった。「ここ、来ちゃいけないんじゃないの…?」「ほんとはダメなんだけど、今日はいいかなって。これ、見てみて?」いつの間に取り出したのか雪花ちゃんの手の中には小さな瓶がある。ぽわぁって光ってる小さい妖精さんみたいなのが中に浮いてて、それを見てると不思議と泣きそうになってきた。「ねぇ、羽月ちゃん。そろそろ起きなきゃじゃない…?」起きる?何のこと?「いい加減気付いてるでしょ、この世界がおかしいってことくらい」気づいてる?この世界?ねぇ雪花ちゃん何言ってるの?「今日ここに来た時、私の身長はどうだった?」雪花ちゃんの、身長?そんなの決まってるじゃん、私よりもずっと高いよ。「そうでしょ?でもさ、今はどう?」今、?「よく見て、もう私なんかよりもずっとずっと高いの」そんなわけない、私は雪花ちゃんよりも小さいよ。「目を覚まして!!」がっと私の肩を掴んで雪花ちゃんは今までにないくらい声を荒げた。「もう、こんなとこにいたらいけないんだよ…」なんで、なんで?待って、雪花ちゃん。私はちゃんとここにいるんだよ。「行こ、早く」流れていく涙を無理やりぬぐいながら雪花ちゃんは私の袖を引いた。


 引っ張られるまま踊っている人たちを通り過ぎて、お店を抜けて、階段のところまで戻って来た。「雪花ちゃん、ねぇ雪花ちゃんってば!”この世界”ってどういうこと?目を覚ますって何?」「羽月ちゃん、ごめんね。私今までずっと遊び相手が欲しかったの。でももうそろそろ時間なんだ。いままで、ありがとね」涙でぐしゃぐしゃなのに笑っている雪花ちゃんは、私が今まで見てきた雪花ちゃんとはどこか雰囲気が違っている。「すごく嫌なことがあっても、もう来ないでね。ばいばい」

 どんっ、と両肩に鈍い痛みが走る。伸ばした両手はどこにも届かずに空を切った。あるはずの階段が、背中に走るはずの衝撃がない。ただ暗く深い闇の中を落下し続けた。




__羽月さんの状態が回復しました!

__分かりました、至急ご家族に連絡してください!





__本当に、あの子の意識は戻ったんでしょうか?!

__はい、容体としては安定しております。あとは羽月さんご本人の意思の問題です。





__羽月ちゃん!!聞こえてる!?ねぇ、目を覚ましてよ…



 ここはどこ?真っ暗すぎて何も見えない。なんでここにいるの…?雪花ちゃんは?そう、そうだ。私は雪花ちゃんに階段から突き落とされて…。なんで?なんで雪花ちゃんは私を突き落としたの?

 疑問ばっかりが頭をぐるぐると回る。

 あれ、そもそも雪花ちゃんって誰だっけ。なにかすごく大切な人だった気がするのに思い出せない。今まで何をしてたんだろ。胸が苦しくなるような、それでも楽しかったような感覚だけが心の中に残ってる気がする。

 不意に頭上から明かりが入り込んできた。あそこに行けば知りたいことが分かるかも、なんて淡い期待を抱きながら私はひたすらに上へ飛んだ。


 「羽月…?目が覚めたの…?!」ふと気が付くと知らない人が私をのぞきこんでいた。さっきまで軽やかに飛んでいたはずの体はなぜか全く動かせない。あなたは誰ですか、と問おうとした声はかすれていて使い物にならなかった。「もしかしたら羽月さんは奥様のことが分からないかもしれませんね」あぁいやだ、あの苦いものを飲ませてくる人の声がする。耳をふさぎたいのに手が上がらない。「そう、そうですよね…久しぶり、になるのだけれど、覚えていないと思います。こんにちは、羽月。あなたの母親です」この人が、私のお母さん?その事実を知った瞬間、頭に鋭く痛みが走った。思わず顔をしかめると母親と名乗った人は悲しそうな顔をした。「やっぱり覚えていない、のね。残念…。それでも、ゆっくり思い出して行ってくれればいいのよ。いつでも頼ってね」ふわり、と笑ってその人は言った。


 目を覚ましてから二年ほど時間が経ちました。お母さんのことやお父さんのことも、もちろんその他の必要そうな情報もきちんと思い出せているというのに、どうしても頭に残る「雪花ちゃん」だけが何なのか思い出せずにいます。でもその名前を思い出すたびにとてもきれいな透き通った真っ赤な飴玉が頭に浮かぶのです。物事を思い出したといえど右も左も、誰を信頼していいのかすらも分かりません。それでも何か辛いことがあると、泣き笑いしている可愛らしい少女が瞼の裏に明滅するのです。

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まほろば夢想 相川藤香 @aikawatouka

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