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 その時だった。


あさひくん……」


 声の方に振り向くと、愕然とした表情で凍り付いている田室さんと目が合った。


 しまった……なんてことだ……


 彼女はスマホを落としたことに気づき、探しに来たのだろう。そして、僕がそれを拾って中身を見ていたところを……目撃してしまった……


「……!」


 田室さんの目から大粒の涙が次々に転がり落ちる。そして彼女はいきなりきびすを返して駆けだした。


「待って! 田室さん!」


 弾かれたように僕も彼女の後を追って走り出す。彼女の足はそれほど速くない。東階段の手前で難なく追いついた。彼女の右の手首を掴んで無理矢理引き留める。


「放して!」


 田室さんがブンブンと右手を振り回すのにも構わず、僕は彼女を自分の正面に引き寄せた。そして深く頭を下げる。


「ごめんなさい!」


「旭くん……?」彼女の抵抗が止まる。僕は90度体を折り曲げたままで、続けた。


「本当にごめん! 他人ひとのスマホを見るなんて……最低なことをしてしまって……田室さんの気が済むなら、先生に言いつけていいから……何なら、警察に言って逮捕してもらったっていい……それだけのことをした、って僕は思ってるから……」


「……」


 田室さんはしばらく無言のままだった。だけど、やがて彼女は呟くように言う。


「そんなこと、しないよ」


「……え?」


 思わず僕は折り曲げていた上半身を戻して田室さんを見つめる。彼女は僕から目を背けたまま言った。


「そんなことしたら、私のスマホも調べられちゃうかもしれないし……そんなの、絶対に嫌だから……」


「……」


「それよりも……見たんでしょ? 私の……小説……」


 最後は消え入りそうな声だった。


「う……」


 ダメだ。僕ってヤツは、こういう時に咄嗟とっさに嘘がつけない。顔に出てしまう。そしてそれを読み取った彼女の顔が、みるみる歪んでいく。


「旭くんには……旭くんにだけは……見られたく……なかったのに……」


 涙声だった。田室さんの両眼から、再び涙がボロボロとこぼれていく。


「こ……こんなこと言っていいのか、分からないけど……」


 僕の声は掠れていた。


「!?」田室さんが、ピクリ、と反応する。


「僕は……嬉しかった」


「え……」田室さんの瞳が、大きく見開かれる。


「僕も、田室さんの事、ずっと気になってたから……あの小説の主人公のモデルが僕なんだったら……僕は、すごく嬉しい……」


「旭くん……」


 いつしか、僕らは真っ直ぐ見つめ合っていた。


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