***

 ……と、ここまでが田室さんの小説「落ちてたスマホを拾ったら……」に書かれていた内容だ。


 彼女のスマホを手にした僕は、今それを読み終えた。


 ……。


 こんな時、どんな顔をしたらいいんだろう。


 とりあえず、明らかなのは……


 彼女は自分の書いた小説そのままのシチュエーションに、僕を引きずり込んだ、ということだ。


 彼女は今日僕が日直で一人だけ遅くまで教室に残ることを知って、わざとスマホを廊下に落とした。そしてまんまとその策略にハマった僕は、彼女が小説でえがいたようにスマホの画面を開いて彼女の小説を見つけ……彼女が小説で描いたとおり、それを読んでしまった。


 まさか、僕の一人称で書かれているとは思わなかった。そして……その心情描写がかなり真実に近かったのにも驚かされた。ただ、一つだけ大きく違うのは、本当は僕は読み専じゃない、ってこと。実は別サイトで密かに小説を書いていたりもするのだ。このことは誰にも言ってないから、彼女が知らないのも当然ではあるのだが。


 それはともかく……


 そうか……僕の気持ち、田室さんにはバレバレだったか……ま、自分でも顔に出やすい性質たちだとは思ってるけどさ……


 まあしかし、これは実質彼女からの告白でもある。おそらく彼女は、どこからかこの様子をうかがっていることだろう。と言っても、今さら彼女の描いたシナリオ通りに茶番を演じるつもりは、僕には毛頭ないし彼女もそうだと思う。だから彼女の小説と違って、彼女がここに姿を表す事もあるまい。


 あ……


 今、東階段降り口の手前で、一瞬、見覚えのあるヘアクリップの付いた黒髪が、フワリと揺れたような……


 やはりか。僕は苦笑と共にため息をつく。


 やれやれ。全く、かなわないな。だけど、彼女のそういうお茶目なところが、僕は……


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