第五話

 教師からの学校生活についての説明が終わり、放課のチャイムが鳴る。


「では、一通りの説明はこれで終わりです。詳しい説明は明日やりますので、皆さん、出来るだけ休まないように」


 話を終えた女教師が教室を出る。その次の瞬間、一人の生徒が教室を飛び出した。


「コラッ!廊下を走ってはいけませんよ!昇くん!」


「すみません!」


 昇とすれ違った教師が声を上げるが、それでも彼はその足を止めずに、闘技場へと向かう足を速めた。 


 全部で10個ある練習用の闘技場、その北から五番目が第五闘技場である。

 そこは他と比べて老化していて、飛び飛びにガムテープなどで補強されており、中心部の舞台などに至っては歴戦の試合を物語るように所々強化コンクリートが欠けていた。


「来たか……万行昇……!」


「来るさ。俺は。アンタのを見たかったからな」


「ふぅん……そうか。そんなに見たいのか……オレの二刀流をよぉ!」


 そう言うと彼は二振りの剣を抜く。右手には西洋風の細身の両刃剣、左手に片刃の剣を持っていた。二本とも長さはほぼ同じのようである。


 二振りの剣を構えた男を見据えながら、昇は慣れた手つきで手甲を履く。

 その手は震えていたが、恐怖によって子犬の様に震えているのではなかった。むしろ彼自身の内からほとばしる熱、魔力オーラ、そして闘争本能が彼を闘犬のように奮い立たせているのだった。

 その武者震いをと抑え、彼は体の内に仕舞う。矢印ベクトルが身体の芯へと向いた魂のバイブレーションが、酸素を介して全身へと巡り、戦闘の始まりを告げた。


 男が両刃剣を振ると、氷塊の刃が昇を切り裂こうと襲い掛かる。昇はそれを砕きながら、男へと突っ込みながら突きを繰り出す。

 その拳は男に剣で止められ、弾かれる。そして彼は片刃の方の剣で昇へと追撃する。


「くッ!」


 彼はそれを間一髪ヒラリとかわした。


「やるなぁ……さすがはの一人というだけある……」


「知っているのか、アンタ」


 男の口から出た言葉を聞いて、昇は少し驚いた。


 魔人殺法とは、およそ1500年の歴史を持つ拳法である。昇はその伝承者だった。そして、今は亡き彼の父も。


「そうだ、知っているとも!俺の親父はそのクソッタレな拳法と因縁があってな……」


 男はそう言いながら、両手の剣を十字に構える。


「……どんな因縁だ?」


「まぁ、細かく言うと、その伝承者であるお前と」


 十字に構えられた剣が、それぞれオーラを纏う。昇は男と、その手元に少し違和感を覚えていた。


「お前の朝陽あさひ 大洋たいようとな」


 その名を聞いた瞬間、昇はフワリ、と体が浮くような不快感と恐怖感を感じた。


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「はよぉ急ぐで!昇に何かあったら、えらいこっちゃ!」


 一人の人間の男が、リザードマンの男と羊獣人の女を連れ、急いでいた。


「まぁ、そんな急ぐなやトーン。お前もアイツの腕っぷし見たやろ?あれならそんな急がんくても大丈夫やろ」


「そうですよぉ~それにあの人、お腹が空いてただけですってぇ~」


 だが、トーン以外はまるで花見に行くかのような空気だった。その空気に羨ましさを感じる程、彼は焦っていた。


「そうやったらええねぇ……って、そんなワケあるかい!特にメリィさん、アンタはあの男に殴られかけたんやで!もうちょい不安に思ってくださいよ!」


 思わずキツイ物言いをしてしまうトーン。シュンとする貴一。だが、メリィは相変わらずほのぼのとしている。


「そうですねぇ~だけど、貴一さんの言う通り、案外大丈夫だとおもいますよぉ~」


「ほんま……そうやったらええんですけどね……」


 はぁ、と彼は思わずため息をついた。トーンはオーラを使って聴力を強化することができ、それによって相手が興奮しているかを判断することができるのだ。


「あの生徒は滅茶苦茶興奮しとる状態でした。あれは尋常じゃないですわ。まるで……そう、獲物を見つけた獣みたいでしたわ」


 彼はそう言って身震いをした。その様子を見て、二人とも事の重大さがやっと飲み込めたようだった。


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「……親父がどうしたというんだ」


 昇の乾いた口から、言葉がやっとの思いで出てくる。緊張で息が上手くできずに、オーラの流れが悪くなっているのを、彼は感じ取っていた。


「言ってどうなる?もう死んだやつの話なんかさ」


(挑発……あれはただの挑発だ……怒るな、俺……呼吸を整えるのが最優先だ……)


 静かに、しかし深く呼吸をする。通常の戦闘時ほどでなくとも、オーラの通り道が確保できるなら十分である。

 そして、昇はオーラを足元に集中させる。


(こいつで……一気にケリをつける……)


「ほれほらどうしたぁ!かかってこないのか負け犬がぁ!」


 男は怒号を飛ばして斬撃を飛ばしてくる。一方的に攻める彼の眼には、今の昇の姿は逃げ回る小虫のように映っていた。

 しかし、昇は逃げているだけではない。


(あいつの攻撃……パワフルだし飛距離もある。しかしそれだけだ)


 男の動きを観察していたのだった。昇は彼の動きが単純だと考えていた。そして幸い、この動きの対処法は嫌というほど知っていた。

 彼は足に蓄積したオーラを放出する。


(急加速した!?)


 突然、弾丸のように突撃してくる昇に男は怯む。しかし、その弾道は逸れた。


(外した……?いいや、違う!)


 再度、その拳は加速する。そしてその速度は、影分身が見える程であった。


(こいつっ、俺を攪乱させようと……)


 怒りの剣が振るわれるも、まるで当たらない。その上、その速度は落ちるどころか猛加速していく。


(今だっ!)


 そして、男の胸に拳が沈み込もうとした瞬間、


夢華着火大噴火ムカチャッカファイアー!」


 詠唱と共に、男の剣に炎が灯る。


「……ッ!?オーラの色はのはずだぞ?!」


 昇は驚きの余り、手を引っ込めてしまう。それを見た男はニヤリと笑い、昇にこう告げる。


「俺はな、混色ツートンってやつなんだぁッ結構レアなんだぜ?これ」


 男のオッドアイには、未だに驚愕の表情を浮かべる昇が映る。


「だからなぁ!こんな芸当も出来ちまうんだよぉ!」


 そうして振り上げられた炎が、男の髪を少しだけ焦がす。ケラチンが焼かれる嫌な匂いが、昇の鼻を突き抜けて忌まわしい記憶を刺激する。


「あ、あぁ……あ」


 焦げて骨格だけ残った家。辛うじて両親の形を保っていた炭。その匂いがトリガーとなり、絶対に呼び起こしたくないビジョンを、彼の深層記憶から呼び起こしたのだった。


「いや……いや……埋めないで……生きてる……まだ……こんなに……綺麗に……」


 視界が揺らぐ。吐き気がする。まともに立っていられずに、膝をついてしまう。


「おっ?おいおいどうしたぁ?このままじゃあお前を殺しちまうぜッ!」


「待てやーっ!」


 貴一たちがたどり着くも、既に剣は振りあげられていた。


「あかんっ!」


 トーンが粗末な観客席から飛び降りようとした、その時。彼よりも素早く飛び込んできた一つの人影が、男の持っていた剣を弾き飛ばした。


「な……何すんだよ……誰だよお前っ!」


「私は生徒会第二治安維持委員の万行だ。これ以上の戦闘は校則で禁止されている。それでも立ち向かってくるというのなら……」


 美奈は威嚇するように刃先を男へと向ける。


「あなたに死んでもらうことになる」


 彼女の威圧感に押されたのか、男は剣を地面へと置き、手を後ろへ組んだ。


 






 


 

 

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