第四話

「俺は第二クラス……か」


 文字の書かれた紙を見ながら、昇はそう呟く。三つのテストを受けた新入生たちは、個々人の成績の合計が等しくなるようにクラスに振り分けられる。

 例えば成績が300点台、200点台、100点台の生徒らがいるとして、一つのクラスが300点台の生徒のみしかいない、といった事態が起きないようになっているのである。


 五つある四階建て校舎の内の一つである、A棟の一階。日当たりはそこそこ良好な渡り廊下のすぐ近くの教室。そこが一年生の第二クラスの教室であり、昇にとって新しい学びの拠点となる場所だった。



 昇が部屋に入った時、教室にはまだ十分に生徒が揃っておらず、それぞれ思い思いに会話をしていた。すると、メガネの男と会話していた声の大きなリザードマンの生徒が、昇を見るなり凄い勢いで話しかけてきた。


「あんた、あの生徒会長脱がしたやつやろ!ワシあれ見よってほんまにスカっとしたわぁ!ありがとな!」


 彼は訛った調子でそう言って昇の背中をバシバシと強く叩く。昇はその勢いの強さに思わずむせてしまった。


「やめろ貴一きいち、お前は力強すぎんねん」


「あっヤッバ!すまんの万行くん」


 先程まで会話していたメガネの男が同じ訛りの声で彼を止めた。ゲホゲホと昇は未だ息苦しさを感じながら、貴一という男の力に感心していた。


「大丈夫だよ、俺は。それより貴一さん。かなり力強いね……背中へし折れるかと思ったよ」


「マジ?そんなに褒めても何も出ぇへんて!」


 そう言いながらも貴一はクネクネと体をよじらせて嬉しそうにしている。


「はぁ~ホンっマこいつは~!」


「いでッ!」


 調子に乗る彼の頭に鉄拳が落ちる。その拳の持ち主はメガネ男だった。

彼は貴一の行動に疲れているのか、自身の眉間を揉んでいる。


「すいません、コイツ見ての通りアホなんです」


 そう言う彼の周りで貴一が抗議の声を挙げている。


「ボクは単田ひとだ・トーン。トーンでいいです。そしてこのアホが」


「宮沢貴一や!貴一って呼んでええけんな!」


「よろしく、二人とも。俺は万行 昇。好きなように呼んでくれ」


 昇が一足早い自己紹介を終えると、一人の亜人の女の子が彼に話しかけてきた。彼女は羊の亜人のようで、黒い体毛に金色の目と白い髪が映えていた。


「あの……昇さんですよね……?私メリィ・ガラルホルンと言いますぅ~。メリィって呼んでください~」


 メリィが自身の苗字を言った瞬間、昇たちは仰天した。


「えッもしかしてガラルホルンってあの!?」


「マジ!?ワシあそこの牛乳毎日飲んどるで!」


「まさかあそこの娘がな……」


 昇たちに騒がれながら、メリィは頬を染めて頷いた。


「はい、私ガラルホルン家が一人娘、メリィなんですぅ~」


 ガラルホルン牧場は北海道の土地の約三割の土地を占める超大型牧場であり、日本の乳製品事情に大きく関わっている。

 ましてや、そこの牧場主の娘なら尚更だ。そのように権威ある人間が自分たちの目の前にいることが、昇たちには信じられなかった。

 

 と、その時傍観していた一人の生徒が彼らに声を掛けてきた。


「おい、お家自慢は済んだか?羊女」


 細身の陰気な男はそう言うと、挑発するようにニヤリと不敵に笑みを浮かべた。だが当の本人はというと、


「はぇ~もしかして私、お邪魔でしたか~?失礼しました~」


 と気にしていないようだった。


「……まぁいい。オレが用があるのは万行昇。アンタだ」


 男は気を取り直してそう言った。


「俺?用ってなんすか」


 もしかしてこれが、「俺何かやっちゃいました」ってやつかな?古文の授業で少し触れたな?などと昇が関係ないことをほんの少し思い浮かべていると、彼の顔面目掛けて拳が飛んだ。

 そしてその拳は、彼の鼻先で、最初からそこにあったようにピタッと止まった。


「オレに負けてくれねぇかな?昇くん」


 ゴクリ、と喉がなる。その音が自分以外からも聞こえたことを、トーンは持ち前の感覚で聞き取っていた。


(あの貴一がビビっとるな……)


 すぐ側の素早い鼓動を聞きながら彼はそう思い、鳥肌が立った。唯一心音が平穏に近いのはメリィだった。それどころか、彼女は男に近づいていった。


(あの子、滅茶苦茶に落ち着いてんな……どんな強い心臓しとんねん?!)


 トーンの驚きをよそに、メリィは男の無防備になった手に菓子をねじ込みながらこう言った。


「もしかして、お腹が空いているんですか?でしたら、はい、これ」


 いきなりのことにと口を開けている男と昇をよそに、彼女は言葉を続ける。


「腹ペコだからっていきなり人を殴ろうとするのはメッ!ですよぉ~」


「き……貴様あっ、オレを愚弄しているのかぁッ!?」


 やっと言葉を出した男は彼女の態度を愚弄と受け取ったのか、そのニヘラと笑う顔に殴りかかろうとした。

 しかしその拳は昇の手のひらにいとも容易く包まれ、阻止された。


「やめろ、アンタが用なのは俺なんだろ……ッ!」


「ぐッ……!てめぇ……」


 ギリギリと音を立て、手と手を擦れ合う音が鳴る。

 男がいくら力を加えようとも、昇の手のひらによる盾は砕けそうになく、それどころか逆に、


(包み込まれているッ……?!)


 オーラも発生させずに、しかも片手で。自分の腰の入った拳を、まるでミットでボールをキャッチするかのように握られている。その未知の恐怖に男はゾクゾクと身を震わせていた。


「用件……ってなんなんだ……ッ!?聞かせて……もらうぞッ!!」


「……くッ!言う、言うから手を放せッ!」


 男がそう言うと、昇は手をパッと放した。握られていた手は、赤くなっており、未だにジンジン痛んでいる。そんな状態の手をさすりながら、男は彼にゆっくりとこう告げた。


「今日の放課後、練習用の闘技場に来い……第五闘技場だ……そこでお前のプライドをへし折ってやる……」


 

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